2013年7月29日月曜日

ストリートカルチャーとしての同人ゲーム

8月も間近に控え、いよいよサマーシーズン。日本のゲーム業界的には、8月21日から23日までパシフィコ横浜で行われるCEDEC2013が最大のイベントだろう。1999年から開催されているこのゲーム開発者の交流イベントは、日本版のGDCとして捉えることができる。徐々に認知され、現在ではそれなりに大規模なものになってきた。とはいえ、昨年のCEDECの参加者数は4500人ほどであり、2万3000人ものの開発者を呼び寄せるGDCと比べると小規模だ。IGDA日本が取り組んでいるように、今後は海外からの若い参加者も増えてCEDECが大いに盛り上がることを期待している。

さて夏といえばもう一つ大きなイベントがある。8月10日から12日まで東京ビッグサイトで行われるコミックマーケット(C84)である。こちらはゲーム業界と直接関係はないが、三日間で50万人規模の参加者で賑わう超大規模なイベントだ。出展者側のサークル参加者数も3万人を越しており、規模だけみればGDCを凌駕するクリエイターのイベントであるといえる。

同人文化におけるビデオゲーム

基本的に紙媒体の表現で始まったコミックマーケットを含めた現在の同人文化。昨今では初音ミクやニコニコ動画の影響もあって音楽ソフトを頒布するサークルが増えており、「同人音楽」というジャンルも確固たるものとして確立しつつある。そして、紙の同人誌や同人音楽といったジャンルと比べると微々たる規模であるが、ビデオゲームの同人文化も存在している。

コミックマーケットでは「同人ソフト」という名称でくくられているが、創作物としてビデオゲームを頒布しているサークルは800程度存在する。ゲームの種類もクオリティも千差万別であるが、規模だけを考えると、これは明らかに国内最大のインディーゲームのイベントと言える。そして、コミックマーケット以外の同人誌即売会や同人誌を専門に扱う「同人ショップ」でもビデオゲームは流通しており、これらは総称して「同人ゲーム」と呼ばれる。

同人ゲームの世界には、二次創作やアダルトコンテンツも含めて、多様な作品がある。もちろん、オリジナルな作品も数多くあるが、特徴的なのは特定のジャンルへの愛着を感じさせる作品が多いことである。メジャーなゲーム産業からは「枯れた」もしくは「ニッチ」として扱われる格闘ゲーム、シューティングゲーム、ビジュアルノベルといったゲームジャンル。だが、同人ゲームの世界では、それらのゲームジャンルは主役級の人気がある

しかしながら、もっぱらPC向きに制作される同人ゲームの世界は、まだまだマイナーな世界だ。もちろん「東方Project」のZun氏、「ひぐらしのなく頃に」の竜騎士07氏など、一部には有名なクリエイターは存在している。しかし、彼らのファンのすべてが原作の同人ゲームをプレイしたかというと、そうでもない。コミックやアニメなどのメディアミックスの一部として消費している人もたくさんいる。

また日本のPCゲームが非常にニッチであることも、同人ゲームがマイナーであることの一因だ。実際には、SteamなどのPCゲームプラットフォームでは、同人ゲームが世界に向けて販売されており、そのいくつかは商業的な成功も収めている。ただし、日本のゲームメディアがそれらを扱うことは非常に稀であり、結果として同人ゲームの世界は未だにアンダーグラウンドであると言ってよい。

商業ゲームに対するストリートカルチャー

とはいえ、そのマイナーさ、そのアングラ感が同人ゲームの世界にある種のアウラをまとわせているということも否定できない。私はゼロ年代を通して、秋葉原の同人ショップに足を運び、同人ゲームのパッケージソフトを購入してきた。そして、そこで得られるものは本当に貴重なものが多く、未来のゲーム史に残るであろう作品と出会ってきたのだ。

基本的に同人ショップにはアダルトコンテンツが多く、足を踏み入れるのにためらう人も多いだろう。だが、好奇心に忠実になり、勇気を持って足を踏み入れよう。覚悟に見合った対価は確実にある。通常のゲームショップはもちろん、Steamにもインターネット上にも公開されていない素晴らしい作品と出会えるかもしれない。現在は無名なクリエイターの作品でも、もしかしたら今後は世界的に成功を収めるかもしれない。実は有名クリエイターが趣味の延長として匿名で作った作品かもしれない。そして、あなたが手にするものは、歴史を変えるビデオゲームの貴重な初回プレスかもしれない。

このように即売会や同人ショップに足を運んで同人ゲームを買うことは、ゲームショップに並んでいる最新作を買うのとは違った楽しみがある。本当に希少でAmazonにもインターネット上にも流通しないビデオゲームが数多くある。それらの多くは大手パブリッシャーがリリースするゲームに比べるとチープで粗雑で低品質かもしれない。だが、ゲームショップやAmazonでは決して流通しない個性的なゲーム、クリエイターの内面が表れたパーソナルなゲーム、ゲームジャンルやキャラクターへの愛情があふれたゲームと出会えるのだ。しかも、それらがパッケージソフトの形で並んでいるのだ!

もちろん、パッケージも工場で作られたものからお手製のものまでクオリティはまちまち。だが、それらに詰められているのは、ビデオゲームへの確かな愛情と創作物を純粋に楽しんでほしいというクリエイターの魂だ。たとえ小規模であっても、フィジカルな形でクリエイターの熱意を感じられる同人ゲームの世界は、もっともエネルギーに満ちた日本のインディーシーンといって過言ではない。

オフラインの場で直接、作品が流通するその様子はまさにストリートカルチャー。東京ゲームショウで発表される大手パブリッシャーの新作がパリコレの最新服であるならば、即売会や同人ショップで流通するビデオゲームはストリートファッションだ。実際にゼロ年代の秋葉原では歩行者天国が実施され、今は無き同人ショップ「メッセサンオー同人ソフト館」の店頭には同人ゲームのデモ動画が流されていた。世界広しといえども、インディーゲームのデモ動画を店頭から路上に流すような文化は、日本の同人ゲーム以外にはなかったのではないだろうか?

昨今では、IGDA日本が開催する東京ロケテゲームショウ、同人ゲームサークルのへっぽこ氏が開催していただらだらと 同人ゲームであそぶ会など、即売会以外で同人ゲームに触れる機会も増えてきた。さらに今年の11月17日には、同人&インディーズゲームオンリーイベントである「デジゲー博」が大田区産業プラザPiOで開催されるそうだ。同人ゲームに対する認知度が上がっていくことが期待される。

もちろん、同人ゲームだけが日本のインディーゲームではない。だが、そのコアの一つであることは紛れもない事実だ。日本のインディーゲームを盛り上げていきたい人ならば、これらのイベントに足を運ぶことは義務ですらある。日本には素晴らしいインディーゲームが既にある。ただそれらは比較的、アクセスしにくい場所に存在しているのだ。

また日本のインディーゲームシーンに注目している人にも、ぜひともこれらのイベントに参加してみてほしい。パッケージされたものを交換するというプリミティブなコミュニケーションによって、フィジカルな形でその文化に触れることができる。イベントに参加することで、あなたは単なるゲームのプレイヤーではなく、ストリートカルチャーの参与者へと変容するのだ。

2013年7月23日火曜日

Forever '80s! 世代文化としてのビデオゲーム

思えば2000年代はずっと80年代リバイバルだった。

最新作ではレイドバックした70年代風のディスコサウンドをフィーチャーしたダフト・パンク。だが、大ヒットした2001年の『ディスカバリー』は、ゼロ年代のダンス・ミュージックを(70年代末の日本のアニメと共に)'80sの世界観に仕立てあげた。ファッションの世界では、短い丈のライダースやキラキラした(昔はスパッツと呼ばれた)レギンスは2000年代中頃には復活。その勢いはとどまることなく、2009年に「キング・オブ・ポップ」のマイケル・ジャクソンが亡くなったことによってさらに加速した。

USオルタナティブ・ロックに傾倒して、着飾らないパンクスたる私にとって、'80sファッションのリバイバルは唾棄すべきものであった。音楽としてもニュー・ウェーブならともかく、マイケル・ジャクソンなんぞはもっての他であったし、インターネット上でのEDMの盛り上がりなどは冷めた目で見ていた。そんな私の気持ちにはお構いなしに'80sリバイバルは2000年代を通してしぶとく生き残ってきた。

だが2010年代に入ると、私も'80sリバイバルがありのように思えてきたのだ。というのは、2010年代の'80sリバイバルは、ただのファッションではないからだ。それはビデオゲームを含む80年代若者文化の再解釈のように感じる。

80年代文化とビデオゲーム

現在の'80sリバイバルが目指すのは、カウンターカルチャー発ヒッピー崩れのライブエイドのようなものとは決定的に異なる。コンピューターテクノロジーの発展によって拡大した電子音楽やヒップホップ、ビデオゲーム、SF映画といったポップカルチャーの再解釈だ。

実際にコンソールゲームが登場したのは、70年代末から80年代初頭だ。Atari 2600が1977年に登場して、今年30周年となる任天堂のファミリーコンピューターは1983年に発売された。ちょうど同じ時代に、ブロンクスの黒人、ヒスパニック、カリビアンたちは安価になったターンテーブルやサンプラーといったテクノロジーを利用して新しい芸術様式を作り上げた。

ロックマンのトラックでパフォーマンスを行うラッパーのMega Ranはインタビューで自分が「ヒップホップとビデオゲームで育った」と語っている。2006年から活動を続ける彼は、カプコンからの正式なライセンスを受け、ゲーム音楽の世界のラッパーとして海外では人気者だ。日本人にとってヒップホップとビデオゲームという組み合わせは異色のものに思える。だが、1977年にフィラデルフィアで生まれたMega Ranにとって、それらは同じ時代に体験したものなのだ。

他方、ロック・ミュージックの流れにもこれらのテクノロジーは影響を及ぼした。パンクからニュー・ウェーブが登場、シンセサイザーの音は特別なものではなくなった。現在では、それらの80年代の電子楽器のサウンドは、ビデオゲームとのつながりの中で使用されることも多い。クラブ・ミュージックにチップチューン的なサウンドが使用されることも珍しくないし、ハードコアパンクとチップチューンが融合した「Nintendocore」というジャンルは2000年代のインターネットで人気を博した。

映画では『スター・ウォーズ』の第一作目が1977年に公開、SFブームを巻き起こした。その後も『エイリアン』(79年)、『E.T.』(82)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)とSF映画の人気が高まり、テクノロジーの恩恵にあやかったFX技術は80年代の映画の世界の花形だった。また動画だけではなく、エアブラシなどの新しいツールによって描かれたそれらの映画のポスターは80年代のイメージを強く喚起させる。また同時期に一気に商業的に人気を博したヘヴィメタルは、音楽的には保守的なものとして扱われることが多いが、そのファンタジックな世界観やバンドロゴのタイポグラフィは、後の世代のビジュアルイメージにインパクトを与えた。

これらの'80sのビジュアルイメージを音楽と共に再解釈してみせたのがフランスのValerieだ。2007年にブログの形でスタートしたValerieは、これまでエレクトロハウスやシンセポップの音源をリリースしてきた。イラストレーションやデザインを手がけているThe Zondersは、'80sにこだわらないシュールレアリスティックな作風が特徴のデザイン集団だが、Valerieでは徹底して80年代の映画のポスターやヘヴィメタルのバンドロゴからインスピレーションを受けたビジュアルを採用している。

偏執狂とまでも言える'80sリバイバル集団のValerieだが、その美学はニコラス・ウィンディング・レフン監督の映画『ドライブ』(2011)にも引き継がれた。バイオレンスとロマンスが入り交じる個性的な映画だが、主演を演じるライアン・ゴズリングは劇中歌で示されるようにスカジャンを着た80年代の「真のヒーロー」であるのだ。

そして、この『ドライブ』にインスピレーションを受けたのが、昨年のインディーゲームシーンで大絶賛された『Hotline Miami』なのだ。1989年のマイアミを舞台にデロリアンで移動するマスクをかぶった主人公のファッションもジーンズにスタジャンだ。ゲームのビジュアルも80年末から90年代にかけてのアーケード風。一見レトロにも思えるが、実際には非常にスタイリッシュで斬新なビジュアルだ。

このように現在の'80sリバイバルにとってビデオゲームは重要なアイテムだ。というのも、60年代、70年代の若者文化と80年代のそれを決定的に分けるのがビデオゲームであるからだ。そのため、80年代を強く打ち出しているフレンチ・ハウスのアーティストが先日、ビデオゲームをリリースしたのもそれほど驚くことではなかった。

1986年にフェラーリ・テスタロッサのドライブ中に交通事故で死亡、ゾンビとなって2006年に復活したという「設定」のもとに活躍するKavinsky。彼の音楽はその馬鹿げた設定と同様、明らかにダフト・パンクの流れを組んでいるわけだが、ファッションはやはりスタジャンにジーンズ、そしてサングラス。ゲームはあくまでもアーティスト活動の一環であるため、内容はそれほどゴージャスではない。だが、ベルトスクロール風のアクションとテスタロッサのカーアクションは十分に80年代から90年代にかけてのビデオゲームの世界観を反映している。

もちろん時代の流行は地域によって異なっている。だが、ビデオゲームは映画や音楽といった80年代文化と共に先進国の中流家庭に流れ込み、当時の少年少女たちの子供時代を形成してきたのだ。そのため、成長して大人になった彼らが80年代に特別な思い入れを抱き、そこから新たなゲームを制作する可能性は大いにありうる。

ビデオゲームは、2000年代の'80sリバイバルを通して確実にユースカルチャーとしての地位を獲得しつつある。だが、ビデオゲームにとっての'80sリバイバルはまだまだこれからだ。もっと再評価されるべきビデオゲームのビジュアル、デザイン、音楽、そして世界観があるのだ。2000年代の'80sリバイバルにはいまいち乗れなかった私だが、2010年代の'80sリバイバルがビデオゲームを正当に評価するなら諸手を挙げて賛成しよう。そうだ、ビデオゲームが評価されるならば、後10年、'80sリバイバルを続けても良い。Forever '80s! Forever videogames!

2013年7月8日月曜日

スクウェア・エニックスの方針転換と日本のPCゲームの行方

早くも2013年の折り返しの時期がやってきた。GDCやE3といった海外の大規模なイベントを終え、日本のゲーム業界はCEDECや東京ゲームショウがひかえる下半期に突入しようとしている。今年は次世代ハードが登場するということで、ゲームに関するニュースは業界外からも注目されている。

私個人としては次世代ハードにはそれほど興味がない。というのも、現在のビデオゲームの技術は一定の水準まで到達しているため、その技術の範囲内で可能な表現を模索することに重点が置かれていると思うからだ。音楽産業がその再生装置よりもコンテンツの内容にシフトしていった時代のように、ゲーム産業はコンテンツビジネス、エンターテイメントビジネスとしての比重を強めつつあると思われる。

そのような観点からは、次世代ハードの発表以上に衝撃的だったのは、スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストX』のWindows版のリリースに踏み切ったことだ。現在はβテスト中であり、2013年9月26日に正式にサービス開始予定だ。

昨年、Wii版がリリースされた本作は、シリーズ初のオンラインゲームということでファンからも賛否両論あった。ソフトの売り上げは、過去のナンバリングタイトルと比べると低調だが、月額利用料金があるため、単純な比較は成り立たない。最終的な利益もオンラインゲームである以上、まだまだ予想できないが、今回のWindows版のリリースでユーザー規模自体は広がると見込まれる。

脱コンソール化するスクウェア・エニックス

このスクウェア・エニックスのPCプラットフォームでの展開は、同社の経営不振を考えると当然の措置とも思える。2013年3月期に旧エニックスとスクウェアの合併後のはじめての営業赤字。6月にはその責任を取る形で和田洋一社長が退任している。

この業績悪化における「戦犯」は、買収した英アイドスからの新作『ヒットマン』や『トゥームレイダー』の販売不振とされている。カナダのユナイテッド・フロント・ゲームズと共同開発した『スリーピングドッグス』なども含めて、スクウェア・エニックスの経営不振は、海外向けのビッグバジェットタイトルに責任が押し付けられている。そのため、これらの経営陣の退任後、同社が抱える各地のスタジオのリーダーを変更して、AAAタイトルからモバイルゲームに焦点をシフトしているという報道がなされていることも不思議ではない。

では、スクウェア・エニックスは今後、モバイルに特化した戦略を取るかといえばそうではないだろう。『ドラゴンクエストX』の展開以前に、5月には『ファイナルファンタジーⅦ』のWindows版をリリースしていることから分かる通り、同社の戦略はおそらく脱コンソールというものだろう。

もちろん、次世代ハードに向けては、ファイナルファンタジーやキングダムハーツといった同社の人気シリーズの他、アイドスのステルスゲームクラシック『Thief』の最新作のリリースを予定している。だが、PS4とXbox Oneといった次世代機の構成上、これらのタイトルがPCプラットフォームにもリリースされるのは当然の流れであり、今後、スクウェア・エニックスのタイトルの多くがPCやモバイルといった汎用機でプレイ可能になることが予測される。

日本に向けるPCプラットフォームの問題

とはいえ、これまでのスクウェア・エニックスによる国内のPCプラットフォームに対するアプローチは問題含みであった。『Deus Ex: Human Revolution』のリージョンロック問題、『ヒットマン』、『トゥームレイダー』で相次いだ日本語バージョンのロック問題。これらのやり方に多くのゲーマーは不信感を示し、スクウェア・エニックスがユーザーにこれらのタイトルのコンソール版を購入させること、もしくはコンソール版と同じ値段を払うことを強要してきたように思えてならない。

ただしこれらはスクウェア・エニックスに限ったことではない。PCゲームの一大プラットフォームであるSteamの日本ユーザーにはよく知られた言葉として「おま国」がある。いわゆる「お前の国には売ってやんねーよ」の略であり、様々な形のリージョン規制である。もちろん、リージョン規制自体は古くからコンソールにも存在してきた。だが、インターネットでつながったPCという最もオープンなプラットフォームで、そのような規制を行うことはユーザーからは非常に不自然に見える。

さらにそもそも日本においてはPCでゲームをやる文化が根付いていない。それらは80年代からの日本のゲーム産業を支えてきたコンソールの高い普及率の結果ではある。しかしながら、現状のゲーム産業を考慮すると、「イノベーションのジレンマ」に陥っているようにすら思える。

もちろん、日本人の多くはPCに慣れ親しんでいる。しかし、彼らにとってのPCは主にオフィスワークのためのデバイスであり、エンターテイメントは二の次である。国内に小規模なゲーム市場を持つWindowsならまだしも、Macユーザーの中には「Macではゲームができない」と思い込んでいる人は未だに多い。このような状況でビデオゲームの潜在的なユーザーをコンソールに囲い込むような戦略は、どう考えても裏目に出るだろう。

だが、こういった状況も時間とともに変化する。特に今回、スクウェア・エニックスはドラゴンクエストやファイナルファンタジーといった国民的ゲームをPCプラットフォームへ向けて展開してきたわけだ。これを機に多くの日本人が自身のPCでビデオゲームが遊べることに気づくと思われる。願わくば、スクウェア・エニックスにはユーザーにデメリットを強いるようなリージョン規制をやめ、他の日本のパブリッシャーがPCプラットフォームに目を向けるような活躍を期待している。