2013年6月6日木曜日

UIにおけるファインアートとしてのビデオゲーム

フラットデザインが流行っている。主にウェブデザイン業界の話であるが、次期iOSのデザインもフラットデザインを採用するという噂が流れており、エンドユーザーにとっても関心がある話題だろう。

「フラットデザインとは何か?」という話題が、昨今のブログで賑わっている。悲しいことにほとんど誰もXbox 360に触れてくれない。普通の日本人にとってXbox 360は馴染みのないゲームハードかもしれないが、昨今話題のフラットデザインの一つの明白な起源のひとつはXbox 360のダッシュボードである。

日本では2011年12月6日にアップデートされたXbox 360のダッシュボードは、「Metro UI」と名付けられていた。近々アップデートが噂されているが、このダッシュボードは現在も使用されており、私はそのデザインには愛着を持っている。このMetro UIは、その後のWindows PhoneやWindows 8のデザインの起源となったが、マイクロソフトのちょっとした不手際の結果、現在は「Modern UI」という呼称が用いられている。

スキューモフィック VS フラット

フラットデザインに関しては、賛否両論持ち上がっているが、私個人は好みである。Appleが推し進めてきたスキューモフィックデザイン(現実に似せたデザイン)の行き過ぎに対する反動から、フラットデザイン擁護者はそのシンプルさを訴えている。他方、スキューモフィックデザインの擁護者は、現実のオブジェクトや道具に似ていることによる利便性や使い勝手の良さを訴えている。

私はそもそも認知科学におけるアフォーダンスの議論をコンピュータUIに流用するという発想自体に懐疑的であるため、スキューモフィックデザインによって、利便性が高まるという主張にはあまり納得できない。さらに後述するが、究極的には現代のOSやアプリケーションなどのUIは既に使い勝手や利便性のためだけに存在しているではないと考えている。

フラットデザインの批判者の多くは、その使い勝手の悪さにケチを付けるのであるが、果たしてこれまでのOSやアプリケーションのUIがスキューモフィックであることによって、使い勝手が良かったことなどあっただろうか?ほとんどは慣れの問題である。見慣れたアイコン、見慣れたUIが使い勝手としては究極的には良いと思う。

Appleが推し進めてきたスキューモフィックデザインも使いやすさという言い訳があったにしろ、その大部分が単なるトレンドであったように思える。iPhoneのレコーダーアプリにコンデンサーマイクのような画像を表示するのは、確かに目新しかったが、便利と感じたことは一度もない。現実の質感に似せるためにシャドウやグラデーションを駆使するのは、デザイナーとしての腕の見せ所であったかもしれないが、正直、もうウンザリという気分だ。

スキューモフィックデザインが時代遅れに感じた個人的なエピソードがある。人気カメラアプリのインスタグラムのアイコンの変化だ。2011年に行われたアップデートでインスタグラムのアイコンは、ブラウンの落ち着いたフラットなデザインからカメラのレンズが飛び出すようなスキューモフィックなデザインに変化したのだ。

おそらく、投資家やマーケティングの判断であろう。今からしてみると、時代に逆行する変化であり、個人的にはアイコンがダサくなったと感じた。「写真」というメディアをスマートフォン時代に再解釈したインスタグラムというアプリは素晴らしいものだと思うが、インスタグラムが与えてくれる体験は、旧来のゴテゴテしたカメラで撮影する経験ではなく、もっとライトでフラットなものであったはずだ。

このように私個人としては、2011年の段階で、スキューモフィックなデザインに飽きていたし、同時期に登場していたWindows PhoneのUIには惹かれていたし、Windows8にも比較的楽観的だ。もちろん、機能的に考えると、慣れない部分はあるだろうが、新しいインターフェイスは新しい体験を与えてくれる。オフィス用のPCはともかく、パーソナルなデバイスのスマートフォンやタブレットにはそういった新鮮な体験を私は求めているのだ。

UIのトレンドを牽引するビデオゲーム

話がゲームから大きくそれたが、ここで現在のフラットデザインが普及したきっかけがXbox 360にあったことに目を向けてみよう(残念ながらWindows Phoneは普及したとは言えなかった)。Xbox 360が大胆なフラットデザインにも関わらず、多くの人々に受け入れられたのは、それがゲームのための、エンターテイメントのためのUIだったからだと思う。エンターテイメントのプラットフォームとして、利便性以上に新鮮な体験を演出できたのが、Xbox 360におけるフラットデザインの成功だったように思える。

衣服が既に利便性のためにあるわけではないのと同様、OSやアプリは利便性のためにだけあるのではない。App Storeにおけるゲームやエンターテイメントアプリの多さを考えれば当然だが、人々は便利さよりも楽しさ、新しさを求めている。そして、ビデオゲームはそのようなアプリケーションの中でもっとも制約が少なく自由に創作できる芸術なのだ。逆に言えば、ビデオゲームとは、純粋にインタラクティブなだけのUIとも言える。

よって、これからのパーソナルコンピュータやモバイルコンピュータのUIにとって、ビデオゲームは最も重要なアプリケーションだ。そこでは「機能性」や「利便性」といったことに囚われることなく、自由にUIの実験ができる。もちろん、その中には普通のアプリに取り入れようとは思えないバカげたものも多いだろう。しかし、ハイファッションが既製服に、ファインアートのデザインがコマーシャルなデザインに影響を与えるように、いくつかのビデオゲームのトレンドはUIに影響を与えると思う。UIやWebのデザインはより自由になり、トレンドや好みによって個々人が着飾るように選択する時代はそう遠くないと思っている。