2013年5月9日木曜日

Is Kickstarter just a hype? (PART1)

先日、開催された黒川文雄氏が主催する第八回目の「黒川塾」は、クラウドファンディングがテーマであった。詳細は私が取材した記事をご覧になっていただけると幸いだ。だが、国内4社のクラウドファンディング事業者が一堂に会した貴重な機会ではあったが、そこまで突っ込んだ議論は行われず、やはり日本でクラウドファンディングが根付くにはまだまだ時間が必要だと感じた。

私はこの他にも国内で開催されたクラウドファンディング関係のイベントには足を運び、コンテンツ産業におけるこの手法に対しては高い関心を抱いている。そして、Kickstarterを中心として海外で盛り上がっているこの現象と、日本の現状の温度差に少なからずフラストレーションを抱いている。

しかしながら、このムーブメントに遅参することは必ずしも悪いことではない。というのも、昨今のクラウドファンディングの盛り上がりは勢いがあるものの、それが健全な資金調達のモデルであるかどうかには懐疑的な意見も多いからである。

既にKickstarterで結構な額の出資を行なっている自分が言うのもなんだが、目標金額の到達を持って「プロジェクトの成功」と報じるメディアには疑問を感じる。「プロジェクトの成功」とは、プロダクトが出資者たちに届いて、概ね満足が得られた後に判明する事柄である。現状、「クラウドファンディングの成功事例」のほとんどが単なる資金調達の成功にとどまっており、そんなものは少なくとも消費者にとっての成功ではないのである。

個人的にはKickstarterがビデオゲームの資金調達のモデルとして決定的なものになるかどうかは、歴代の資金調達額5位となるティム・シェーファーによるアドベンチャーゲームのプロジェクトの完成によって決まるだろうと思っている。先日、公開された公式サイトによると正式タイトルが『Brocken Age』決まり、ベータ版のアクセス権を含めたプリオーダーが始まっている。

私個人としては、クラウドファンディングを通してインディペンデントなクリエイターを支援できるような環境が日本においても育つことを祈っている。そのためにもこれら海外の状況を批判的に検討することで、コンテンツ産業にとっての健全な環境を作っていくことが必要だろう。そこで今回と次回の本連載では、Kickstarterを中心として盛り上がるプロジェクトを反省的に検討した上で、クラウドファンディングの今後について考えてみたい。

批判的レビューが集中したOuya

物珍しいものにはとりあえず冷水をぶっかけるという人間は、いつの時代にも存在する。もちろん、そういった冷めた人間が果たす役割も人類の進歩にとって重要である。なので、Kickstarterのローンチ当初からその手法の危険性や一過性に警鐘を鳴らしてきた人がいたことは当然だし、実際にプロジェクトによって作られたプロダクトの品質が悪かったならば、歯に衣着せぬレビューは必要だろう。

なかでも、先ごろ出荷された「次世代コンソール」のOuyaの品質に対しては、批判的なレビューが集まった。メーカー側はこれらのレビューは、一般向けに販売される製品ではなく、出資者に届けられた先行バージョンであることを強調して、実際の製品の品質向上に努力すると言っている。

また、これらの批判的なレビューと共に、クラウドファンディングやKickstarterに対して批判を向ける人もいる。中でもフォーブス誌に掲載されたErik Kain氏の記事は「それ見たことか!」と言わんばかりの論調で「アウチッ!Kickstarterの支援者はOuyaの資金調達に手助けしただけではなく、彼らはそのシステムの誇大広告ジェネレーターでもあったのだ」と述べている。「アウチッ」のくだりは「Ouya」にかけた冗談だろうが、Kain氏は以前からOuyaを中心として盛り上がったKickstarterに関しては批判的な態度を取っていた。

Ouyaの初期ロットの品質の評判は、実際の出資者の声を聴く限りに確かに良くない。ただ、このことをもってKickstarterやクラウドファンディング自体を批判するならば、それは少々お門違いだろう。というのも、Ouya以前からクラウドファンディングで盛り上がるハードウェアやガジェットのプロジェクトには批判的な声が多かったのである。

2012年の夏に行われたOuyaのKickstarterのキャンペーン以前に、GizmodoのJoe Brown氏は“We're Done With Kickstarter"という記事の中で、Kickstarter発のガジェットにはもうほとほと飽きたと述べている。また2012年の9月には、TechCrunchでは「Kickstarterの陳腐化を示すiPhoneケーブル」が紹介されている。どちらの論旨も似たようなもので、クラウドファンディングでガジェットに出資することのバカらしさについて述べられている。

これらの記事からは、テック系記者にありがちな浪費自慢の匂いが強く、一般の人の感覚とはズレが大きいだろう。そもそも表現的、創造的なコンテンツと異なり、ガジェットやハードウェアに求められるのは利便性である。利便性を実現するのは、単純なアイデアだけではなく、材料や部品のサプライ、スムーズな流通など様々な条件を要する。

そのため、ガジェットやハードウェアの制作は小規模に行うのは困難である。製造業は規模の経済が強く働くため、同一の商品を大量生産するほうが品質も良くなるし、価格も良くなるのは当たり前だ。クラウドファンディングにおけるガジェットやハードウェアのプロジェクトの盛り上がりがハイプであったとしたならば、日本で概ね好評に迎えられたクリス・アンダーソンの著作『メイカーズ』もハイプだろう。

だから、一般人がクラウドファンディングでガジェットのプロジェクトに期待するのは間違っている。あくまでもニッチな需要に応えるためにニッチな製造を行なうのがクラウドファンディングのメリットである。その実用性の無さを誇りに思えるような人であるならば、出資すれば良いのだ。

この点からOuyaなどのゲームに関するハードウェアのプロジェクトを振り返ってみれば、その盛り上がりは少々、過剰になったことは否定できないだろう。本来ニッチであるべき製品がメインストリームなものとしてみなされたわけであるからだ。

似たような過程をAndroidベースのコントローラー型コンソールのGameStickが辿っている。Ouyaの酷評が続いたタイミングで、GameStickのリリースの時期が遅れることが報じられた。その理由として、メーカーは「クラウドファンディングで成功した結果の犠牲である」と語っている。要するに予想を超える受注数に対してサプライ側が対応できずに、出荷に遅れが出ているのだ。

断定はできないが、Ouyaの酷評がGameStickのメーカー側に影響を与えたと考えることもできる。クラウドファンディングで先に出資をしてくれた人に低品質な製品を与えるならば、出荷を遅らせてでも品質向上に尽力する方が良いので、GameStick側の判断は妥当だろう。

いずれにせよ、サプライや流通の問題から機能性や信頼性を求められるハードウェアでは、クラウドファンディングはそれほどメリットを持たない。物理的な製品は、出荷した後のアップデートでも時間や費用がかかることも無視できない。なので、私は物理的な製品に関してはクラウドファンディングの有効性には非常に懐疑的だ。

では、デジタルなコンテンツではどうだろうか?ゲームや映画、音楽ならば、クラウドファンディングは有効に機能するのか?次回はハードウェアやガジェットではなく、デジタルコンテンツにおけるクラウドファンディングやKickstarterについて考察したい。