2013年5月15日水曜日

Is Kickstarter just a hype? (PART2)

前回の予定通り、今回(とさらに次回)はデジタルなコンテンツにおけるクラウドファンディングの有効性について考察したい。物理的な製品に関するクラウドファンディングの有効性に私は限界を感じている。では映画や音楽、そしてビデオゲームといったデジタルなコンテンツに関してはどうだろうか?WIRED誌風に言うならば「アトムのクラウドファンディング」に対して「ビットのクラウドファンディング」はイケているのか?

デジタルであることのメリット

私の結論から言わせていただくと、ビットのクラウドファンディングはすごくイケている。ごくシンプルな問題として、物理的な製品と異なり、デジタルコンテンツはサプライを心配する必要がない。原材料はクリエイターの生活費だ。デジタルコンテンツは還元すればクリエイティブなデジタルデータであり、それを売買するというのは、物体に金を費やすことではなく、個人や手段のクリエイティビティに金を費やすことである。さらにデジタルコンテンツには在庫リスクが少ない。せいぜいサーバー運用費くらいだ。アップデートのコストも圧倒的に低く、リリース後に品質を向上させることは容易である。

サプライとアップデートの容易さ、在庫リスクの低さというこれらの3点だけでも、ビットのクラウドファンディングのメリットは明白だ。インターネットを通して個人や集団のクリエイティビティに対して直接資本を投下して、デジタルなデータを得る。ほぼオンライン上のデータのやりとりだけで完結するビットのクラウドファンディングは、デジタル時代のコンテンツ産業の究極形態のひとつだろう。

もちろんテクノロジーの発達によって、アトムのクラウドファンディングがこれらの利点の多くを獲得する時代は来るかもしれない。だが現状のサプライチェーン・マネジメントや3Dプリンタでのプロトタイピングを鑑みても、フィジカルな製品開発が抱えるデメリットはまだまだ大きい。スタートレックに登場するレプリケーターを夢見る人々がいるのは理解できるが、10年代は素直にビットのクラウドファンディングだけで良しとしたい。

しかしながら、これ以上何があるというのか! フィジカルな製品に比べると、デジタルコンテンツのためにクラウドファンディングを利用するメリットは明白だ。だがそれらのメリットを指摘しても、クラウドファンディングに関する懐疑的な意見は依然としていくつかある。以下では、そのような懐疑的な意見のいくつかを検討し、それでもなおデジタルコンテンツのためにクラウドファンディングを利用することのメリットを説明したい。またボリュームが多くなったため、次回もう一度、クラウドファンディングとKickstarterのビデオゲームのプロジェクトについて扱うことにする。

有名クリエイターに群がる高額出資、だがそれのどこが問題か?

差し当たり盗作や詐欺といったクラウドファンディングに関する一般的な問題点は無視しよう。それらはアトムでもビットでも同様に起こりうるリスク要因である。Kickstarterなどのクラウドファンディングサービスはプロジェクト起案者や出資者たちにそれらのリスクを周知することに努めており、ある程度の部分はユーザー一人一人の自己責任に帰される。金銭以外の報酬が約束されるリワード型のクラウドファンディングであっても、それが未来の製品に対する投資であることは変わりなく、出資者は自らのリスクを理解する必要はある。

そのようなものを別とすれば、Kickstarterに対する批判の一つとしてしばしば散見されるのは、高額な資金調達に成功しているのが、既存の有名なベテランクリエイターばかりだという意見だ。確かにティム・シェーファーが率いるDouble Fine Adventureやピーター・モリニューが率いるProject GODUS、さらにロード・ブリティッシュことリチャード・ギャリオットのShroud of the Avatarに至っては「ウルティマの精神的な後継者」という触れ込みでKickstarterで多額の資金を集めている。

このようなKickstarterの現状に対して、冷笑的に「クラウドファンディングはベテランクリエイターの引退後の食い扶持だ」という意見も聞かないわけではない。また既に人気があったゲームの続編も次々に高額の資金調達に成功している。例えば、Revolution Softwareの人気アドベンチャーシリーズのBroken Swordの新作やクラシカルなRPGの名門デベロッパーObsidian Entertainmentの新作 など。

このようなKickstarterの現状を見て、クラウドファンディングが新米クリエイターやオリジナルタイトルの発信地になっていないことを批判的に語る人は少なくない。私自身も過去にそういった意見を述べている。だが、この批判的な意見はKickstarterが爆発的に普及した現在には当てはまらない。次回、紹介するように、実際にはKickstarterを中心とするクラウドファンディングはオリジナルタイトルや新人のキャリアアップにつながっているのだ。

とはいえ、以上のようなベテランクリエイターや人気作品の続編にクラウドファンディングに資金が集まるからといって何が問題だといえるのか?そもそも、これらのプロジェクトにはパブリッシャーが資金を出すことを渋ったために、クラウドファンディングを利用したケースが多々ある。現状の肥大化したゲーム産業では実現しにくいプロジェクトにお金が集まっているならば、それはそれで良いことであるはずだ。

もちろん、中には出来レース的なクラウドファンディングも存在し、それらは資金調達というよりも、実際にはプロモーションの一環である。流行の方法でゲームを制作しましたというだけのものもあるだろう。しかしながら、Kickstarterで高額な資金を集めたゲームのジャンルの多くは、アドベンチャーやクラシックなRPGだ。それらのジャンルは現在のゲーム産業ではニッチであり、パブリッシャーが資金を渋っているため、クラウドファンディングで資金調達を行なっているのだ。

確かにベテランクリエイターや人気作品の続編には高額な資金が集まる。とはいえ、誰もクラウドファンディングを通して、CoDやGTAのようなAAAタイトルに支援しているわけではない。そういった意味では、クラウドファンディングがゲーム産業のオルタナティブな市場を作っていることは間違いない。新人やオリジナルタイトルに十分な資金が回って来ないという事実があるならば、ともかくとして、現状、「有名作品、有名クリエイターにばかり資金が集まる」という批判は的外れなものだと思える。

コンテンツ産業において、マーケティングを重視するパブリッシング部門と、独自性や表現欲求を重視するクリエーション部門が対立することは非常に多い。この対立は「金か芸術か」という安直な二項対立で議論されることが多かったが、クラウドファンディングとはこの二項対立における安全弁の役割を果たしているといえる。つまり、ニッチなジャンルであっても、クラウドファンディングを通して直接、ユーザーに呼びかけることで、ビジネスとしても成立するプロジェクトがあるのだ。

つまり、たとえベテランクリエイターや人気作品に資金が集まるとしても、ユーザーが支持する限り、クリエイターがプロジェクトの主導権が強くなっているのは間違いない。それは創りたかったものを創れるようにするクラウドファンディングという手法のあるべき姿であり、何ら批判すべき問題ではないのである。

次回は、この手の批判がそもそも誤解であることを説明する。実際に、Kickstarterなどのクラウドファンディングにおいて、新米クリエイター、新興デベロッパーが資金調達に成功している事例を紹介する。さらにオリジナルなタイトルがクラウドファンディング発で生まれ、すでにいくつかの成功例――資金調達の成功という意味ではなく、クリエーションとしての成功――があることを指摘したい。