2013年4月8日月曜日

国内外で論争を呼ぶF2Pというビジネスモデル

今年のGDCも無事終了。波乱が予想される2013年のゲーム業界がいよいよスタートした。毎度よろしく一介のフリーランスである私は、金銭的な理由からGDCに参加することはかなわず、国内外のメディアを通してその盛り上がりを感じていた。

スマートフォンを含めたプラットフォーム戦争、インディーゲームの盛り上がり、アドベンチャーゲームとナラティブの復権など様々なトピックがあった。だがその中でも、「Free to Play Design & Business Summit」というカンファレンスが行われたことは注目に値する。

スマートフォンを中心として「Free to Play(以下、F2P)」というビジネスモデルを採用するゲームは増えている。日本語では「基本プレイ無料」と訳すしかないこのモデルは、現在ではコンソール機やPCといったプラットフォームを問わず、魅力的なものになっている。

しかしながら、「F2Pのビジネスモデル」といっても実際には様々な課金やマネタイズの手段があり、一概に説明はできない。またこのビジネスモデルは現在でも進化の過程を辿っており、今後どのような展開が見込めるかは未だ予想できない。(F2Pの歴史や課金手段についてはこちらのブログエントリ「有料ゲーム危機の時代 Free to Play(基本プレイ無料)で収益化はできるか」が参考になる。)

また、ビジネスにおけるそのメリットやデメリットについても、日本国内と海外では考え方が異なる。日本においては、主に収益向上のためにF2Pが採用されてきた。ソーシャルゲームの圧倒的な成長率は、このモデルを抜きにして語れないほど重要であり、その一方で若年層の高額課金が社会問題として認識されている。

昨年の「コンプガチャ問題」で火がついたこの問題は、業界側が自主規制のための団体を設立することで、一旦落ち着いたかに思える。だが、現在でも消費者庁はソーシャルゲームに関するトラブルが多発していることを警告している。単なる多額課金だけではなく、不正利用やアカウント停止など、F2Pやオンラインゲーム特有の問題が多数警告されている。他方、未成年者の「高額利用・高額請求」に関する相談はピーク時に比べると減少傾向にあり、業界団体による月額利用金額の制限などの取組が一定の効果をあげていることも指摘したい。(消費者庁によるこちらのPDF資料が参考になる。「インターネット取引に係る 消費者トラブルの実態調査」。もっとも未成年者に関しては夏休みにあたる8月の相談件数が例外的に大きく、未成年者のソーシャルゲームの課金システムに関する問題は依然として考慮していく必要があるだろう。)

昨今では、海外でもスマートフォンでのIAP(アプリ内課金)やマイクロトランザクション(少額課金)が社会問題化してきている。例えば最近では、5歳の少年がiPadのF2Pのゲームで1500ポンドの課金を行い、両親がアップル側に払い戻しを請求したという事件が話題になった。

このような事例はあるものの、これまで海外でF2Pが採用される理由は、主に収益向上より、海賊版対策のためであった。昨年の6月にリリースされたMadfinger Gamesのスマートフォン向けFPS『Dead Trigger』は当初は99セントの有料アプリであったが、1ヶ月後に無料化した。当然、最初にゲームを買ったユーザーからは非難の声が巻き上がったが、Madfinger GamesはAndroidでは本ゲームのユーザーの8割以上が海賊版をプレイしていることを理由にこの無料化を正当化した

東アジアをのぞく海外では、そもそもF2Pはそれほど浸透しておらず、IAPやマイクロトランザクションに対する批判は多い。もちろん、ビジネス的な論理からスマートフォンを中心に徐々にF2Pの流れは浸透しつつあり、昨今ではEAやGameloftという大手パブリッシャーがF2Pを採用しつつある。特にEAは今後のすべてのモバイルゲームにマイクロトランザクションを採用するという方針を打ち出し、これが業界に波紋を呼んでいる。

従来のゲーマーやメディアはどちらかと言えば、IAPやマイクロトランザクションといった課金方法に対して批判的である。批判点は、企業の「金儲け主義」を非難したり、これらの課金方法がゲームに与える悪影響を論じたり、ゲームに勝つために課金するという倫理的問題を指摘したり多岐にわたる。非難する側もこれらの論点が明確に整理されているわけでもなく、パッケージゲーム時代のノスタルジーを含む感情的な意見も少なくない。

そのような「F2Pに対するバックラッシュ」について、「Gears of War」などで知られる著名なゲーム・デザイナーのクリフ・ブレジンスキーがブログで反論するという場面もあった。彼はインターネット上の過度な「EAに対するバッシング」を諌めながら、「ヒップスター」や「ブーメラン世代」と呼ばれる現代の若者がゲーム開発にどれだけお金がかかるのかを理解していないと主張する。そして、もしF2Pといったマネタイズ手法やそれを採用したゲームが嫌いならば、それ以外のマネタイズを採用するゲームに金を払えばいいのだと主張している。

筆者はこのような現状のF2P化の流れを「ユーザーが望んでいるから起こっている」という意見には与しないが、いずれにせよ業界側、ユーザー側を問わず、F2Pによってゲーム文化がどう変化するかについては真剣に検討する必要がある。業界やメディアはF2Pというビジネスモデルに関するメリットだけを主張するのではなく、それが持つデメリットに関してもユーザーに対して周知すると共に、積極的に議論していく必要があるように思える。

このようにF2PやIAP、マイクロトランザクションに関しては、国内外を問わず今後も議論されていくことになるだろう。産業側は主に都合の良いマネタイズ手段としてF2Pを考えがちである。だが、実際問題、F2Pはただのビジネスモデルではない。それは部分的にゲームの内容やシステムに干渉し、プレイヤー側のエクスペリエンスにも影響を与える。

そのため、収益向上や子どもの高額課金というビジネス側のメリット/デメリットだけではなく、ゲームにおけるF2Pというビジネスモデルに対する美学的な考察も必要だ。ここで言う「美学」とは、主にユーザー視点で見た時のF2Pが持っている独特の経験のあり方の考察である。「なぜコアゲーマーはアイテム課金を嫌うのか?」、「F2Pとゲームの作品性」、「F2Pが破壊するゲームのマジックサークル」など、ビジネス以外の観点からも興味深い問題が数多く潜んでいる。

今回はそれらの問いを考察する余裕がなかった。だが、本コラムでは今後、「美学的観点からみたF2P」について折を見て触れて行きたいと思う。なお、1人のユーザーの観点から見たF2Pの持つ経験の問題点に関しては、イギリス人ジャーナリストのジェイソン・ブルックスの「基本プレイ無料と少額決済は悪の雑草なのか?」という記事が参考になる。記事の中で彼が述べる「ベストバイで60ドル出して、家に帰って明かりを消してサバイバルアクションに備えようってのに、クレジットカードを見るためにもっかい明かりをつけなきゃいけないってのはやっぱりおかしいよ」という意見は、一旦クレジットカードの登録を行えば、ワンクリックで可能なアプリ内課金の現状を正しく反映していないだろう。だが、彼が言わんとしていることは十分に伝わる。同じようなゲーマー的感性から、私もF2Pが持ついわゆる「マジックサークル」の破壊能力に心を痛め、「ゲーム内で現実の通貨を消費する行為」に心穏やかにしていられないのである。