2013年3月28日木曜日

クリエイター発掘というSCEのコンテンツ戦略の過去と未来(PART2)

PlayStation Meeting 2013に引き続き、3月25日から行われているGDCでもPS4に関する情報がリリースされている。ハードウェア関係で大きなニュースはないが、やはりSCEがインディーゲームをコンテンツとして重要視しているのは間違いない。個人的に一番驚いたのは、PlayStation Meeting 2013でJonathan Blow氏の『The Witness』が、コンソール機の中ではPS4の独占販売となったというニュースだ。『Braid』という傑作を生み出し、インディーゲームの世界で尊敬を集めるBlow氏にSCEがいったいいくらの金額を提示したのかは分からないが、ともかくインディーゲームに尽力を注ぐ姿勢自体はかなり本気なのだろう。

前回のコラムで触れたBitsummitをめぐる「日本のインディーゲーム」の動向、ソニーの取締役会議長ハワード・ストリンガー氏の退任、任天堂のWiiUの売上不振など、ゲーム業界の動向はまだまだ波乱に満ちている。予測不可能である業界だからこそ、過去を冷静に見つめ、将来を見通す必要がある。そこで今回は予定どおり、SCEの新人発掘路線について振り返ってみたいと思う。

クリエイターに焦点を当てたプロモーション

PlayStationが誕生する以前の日本のコンソールゲーム業界では、クリエイターの名前の多くは伏されていた。その理由は他説あるが、クリエイターの引き抜きを嫌った会社が個人名を表に出さなかったというのが通説だ。理由はとにかく、そのような業界の慣習の中、新規参入者であったSCEはクリエイターに大きく焦点を当てたプロモーションを行なってきたことはよく知られている。

昨年の2月に行われた『ニコニコ生放送』内の丸山茂雄氏の公式チャンネル『mf247』の番組では、PlayStationの生みの親である久夛良木健氏がこの辺りのことに触れている。映画が趣味である久夛良木氏は、日本のゲーム業界では詳細なスタッフクレジットを表記する慣習がなかったことに驚いたそうだ。そのため、SCEは取扱説明書にスタッフクレジットを表記したり、PlayStation Awardsと呼ばれるSCEの行なうイベントでクリエイターを大体的に表彰したり、クリエイターに焦点を当てたプロモーションを行なってきた。

これらの戦略が音楽業界の経験者である丸山氏を中心としたスタッフで進められたことはまず間違いない。昨今、メディアに登場する機会が多くなった丸山氏は謙遜しつつ、何も特別なことをしてきたわけではないと強調する。だが一方で「ミュージシャンは六本木で女の子に名前を出すとキャーキャー言われるが、ゲームクリエイターは言われない。君たち(クリエイター)も女の子たちにモテたくはないのか」とデベロッパーをプラットフォームに勧誘してきたことも認めている。

この点に関しては、私が取材した黒川文雄氏が開催した「黒川塾(弐)」の記事も参照していただきたい。この中で黒川氏が述べているように、PlayStation事業におけるSCEの取り組みは、単なるハードウェアの開発やソフトウェアの制作・流通だけではなく、クリエイター発掘という点においても特筆すべきものであった。実際に初期のPlayStationのクリエイターの中には、『パラッパラッパー』のキャラクターデザインを務めたロドニー・グリーンブラットなど、ゲームというメディア以外でも話題になる人物が存在した。

いずれにせよ、PlayStation事業でゲーム産業に乗り出したSCEが、これまでの業界慣習にとらわれず、映画や音楽といった既存コンテンツ産業におけるノウハウをゲーム産業でも活かしたことは間違いない。その中でも新人発掘として行った「ゲームやろうぜ!」と「PlayStation C.A.M.P!」というオーディションモデルの戦略は、今後のPS4の行き先を見つめる上でも、「日本のインディーゲーム」を考える上でも触れておくべきものである。

「ゲームやろうぜ!」から「PlayStation C.A.M.P!」:新人発掘のオーディションモデル

ソニーグループ初のコンテンツ部門であるCBS・ソニーが、日本のレコード会社としてはかなり若く、コンテンツ供給のために、新人発掘路線を大きく打ち出したことは前回のコラムでも触れた。PlayStationによってゲーム業界に参入したSCEにとっても、状況はまったく同じだった。既存のデベロッパーやパブリッシャーだけでは、コンテンツ供給が間に合わない以上、ゲームにおいても新人発掘を行なう必要があったのだ。

もちろん、PlayStation事業の成功の大部分は、「ファイナルファンタジーシリーズ」などの大型タイトルを呼び込めたことによる。だがそのような既存の会社の誘い込みを行なうだけではなく、SCEがかなり積極的に新人発掘を行なってきたことはもっと評価されるべきだろう。

具体的にはまず、1995年から始まった「ゲームやろうぜ!」と呼ばれるゲームクリエイター発掘オーディションである。「ネットやろうぜ!」でPlayStationの民生用の開発キットを販売するという方向性とは別に、SCEは既存のゲーム産業にはいなかったような人材をこのオーディションによって発掘していった。「XIシリーズ」のシフト、「どこでもいっしょシリーズ」のボンバーエクスプス(現ビサイド)など、その後のPlayStationのコンテンツイメージを決定づける作品が本オーディションから登場している。

この「ゲームやろうぜ!」は1999年に一旦中止となる。だが2005年に「ゲームやろうぜ!2006」として復活。藤木淳氏の『無限回廊』、アクワイアの『勇者のくせになまいきだ。』など独創的なゲームが生まれている。さらに2008年には「PlayStation C.A.M.P!」と名前を変えつつも、新人発掘路線は行なってきた。

「PlayStation C.A.M.P!」からは、「ゲームやろうぜ!」時代から引き続いてアクワイアの『100万トンのバラバラ』、昨年、話題を集めたクリスピーズの『TOKYO JUNGLE』、発売日は未定だが魅力的な世界観を持った『rain』などの企画が生まれてきている。

これらの作品をリリースしたクリエイターの中には、シフトやアクワイア、クリスピーズなどのように法人化したデベロッパーも存在する。SCEのオーディションというパスを踏んでいるとはいえ、今から見なおせば「日本のインディーゲーム」とも呼べなくない。PS4によってSCEが大きくインディーゲームに関心を移しているのは、何も今に始まったことではないのだ。CBS・ソニー時代のノウハウをゲーム産業で活かすことで、SCEは新人発掘路線をオーディションという方法で行なってきたのは事実である。

オーディションモデルの限界

しかしながら、今振り返ってみれば、このオーディションモデルによる新人発掘という戦略にはデメリットや弊害も存在したように思える。

前回のコラムでも触れたように「ネットやろうぜ!」、「ゲームやろうぜ!」という企画のタイトルからして、これらが80年代の日本のバンドブーム期の手法をゲームに当てはめているのは明確だ。オーディションによる「才能の一本釣り」という戦略は、確かに才能のある若手を発見する可能性があるものの、その後のプロモーションや活動をSCE自身が引き受ける必要がある。要するに、バンドブーム期のオーディションと同じく、クリエイターはSCEという「メジャーレーベル」と契約することになり、彼らが本来持っていた才能や個性を存分に発揮しづらくなるのだ。

もちろん、インディペンデントなゲーム開発の資金調達は非常に困難だ。クラウドファンディングなどの手法がなかった時代には、コンソール向けに個人や小規模の集団がゲームを提供するなどということは、ほとんど不可能であった。そのため、「ゲームやろうぜ!」や「PlayStation C.A.M.P!」はそういったコンテンツ産業の統合期においては一定の役割を果たし、確かに素晴らしい作品と才能を生み出してきた。

しかしながら、これらのオーディションから登場したゲームタイトルやゲームクリエイターのことを一般のユーザーがどれほど知っているだろうか?少なくとも私は、業界関係者以外で「ゲームやろうぜ!」や「PlayStation C.A.M.P!」のことを知る人間と会ったことはない。さらに言うならば、「どこでもいっしょシリーズ」で人気を集めた猫のキャラクター「井上トロ」はSCEのマスコットキャラクターであり、海外では「Sony Cat」と呼ばれている。これらのオーディションから出発した作品、世界観、キャラクターの多くは、オリジナルのクリエイターの文脈を希釈化することで俗に言う「PlayStationワールド」に属するものとして認識されているのだ。

そもそもこれらのオーディション企画は、クリエイター発掘という側面を強調するあまり、ユーザーの認知度を軽視しがちである。実際問題として1人のユーザーが「PlayStation C.A.M.P!」の情報を得ようとしても、その公式ウェブサイトはあまりにも貧相である。またインディーゲームがこれだけ話題を集める昨今では、「オーディションでメジャーな会社と契約する」というキャリアパス自体がそれほどクールには思えないという欠点もある。いずれにせよ、SCEはこれまでの新人発掘戦略で確かに多くの才能と作品を見出してきたが、プロモーションの点においてそれらを活かしきっていないように思えるのだ。

コンテンツ産業におけるクリエイター自律性の難しさ

SCEは「ゲームやろうぜ!」や「PlayStation C.A.M.P!」での新人発掘を行なう一方、そのプロモーションにおいてはそれほどクリエイターに焦点を当ててこなかったように思える。これはPlayStation事業の初期において、丸山氏が中心となって「クリエイターへのライトアップ戦略」を取ってきたことどこか不整合を感じさせる。憶測の域を出ないが、もしかして世間に「ゲームクリエイター」という職業を浸透させるきっかけとなった飯野賢治氏の影響がそこにはあるのではないかと、個人的には考えている。

先日逝去された飯野氏は、丸山氏などが後押した「クリエイターへのライトアップ戦略」のまさに台風の目であった。テレビや出版などで派手に露出をしていた彼の文章を、当時はロック少年であった自分が雑誌で読んでいたことを記憶している。音楽にしろゲームにしろ「クリエイターの自律性を高める」という戦略は、クリエーションにおいてもプロモーションにおいても非常に重要な施策である。しかしながら、その代償として企業やプラットフォームによる管理が届かないというデメリットも存在する。

ゲームに限らず、音楽や映画などのコンテンツ産業は、クリエイターの自律性に関するアンビバレントな態度を持つ。常に新しく、常に斬新なコンテンツを提供するためには、マーケットの動向を伺うのではなく、感性の高いクリエイターたちに制作を任せる方が良い。だが、そこで生み出されるコンテンツの品質を予想することも、クリエイターの行動を管理することもかなり困難である。

飯野賢治氏が行った『エネミー・ゼロ』の前代未聞のプロモーションも、そのようなクリエイターの自律性を高めた結果であっただろう。それによって、SCEはオーディションによる新人発掘戦略を行いながらも、クリエイターの自律性を管理する方向にシフトしていったのではないかというのが私の仮説である。

ある意味では扱いづらいこの「クリエイターの自律性」は、インディーゲームが注目される昨今、ゲーム産業がより繊細に検討する必要があるトピックだ。キース・ニーガスやジェイソン・トインビーといった研究者たちが、音楽産業におけるクリエイターや従業員の複雑な振る舞い――アンチ商業主義的な態度を取ったり、ユーザーと同じ地平で考えたり、起業家意識を持ったり――を明らかにしてきた。管見の限り、ゲーム産業従事者の行動規範や価値観に関する研究は未だない。それはSCEだけではなく、ゲーム産業にとっての今後の重要な課題である。