2013年3月18日月曜日

革新性と多様性:BitSummitを振り返りつつ思うインディーゲームのあり方

レコード会社時代のソニーの「新人発掘路線」を振り返った前回では、SCEのコンテンツ戦略について書くと述べたが、急遽、テーマを変更させていただきたいと思う。「鉄は熱いうちに打て」という脳内のゴーストのささやきに耳を傾け、今回は先日、3月9日に行われたBitSummitを振り返りつつ、今後のインディーゲームのあり方について個人的な意見を述べたいと思う。

改めて説明は不要かもしれないが、BitSummitは日本のインディペンデントな開発者を世界に紹介するために開かれたイベントだ。主催者のジェームズ・ミルキー氏はQ-Games所属のプロデューサーかつジャーナリスト。イベントの内容については、既に各メディアから報道されているため、ここでは繰り返さない。だが、ミルキー氏がインタビューで応えているように、このイベントの開催趣旨は、海外メディアが「日本のゲーム業界というのはもう終った」と盛んに報道していたことへのカウンターとしての意味合いが強かったようだ。

結果として、海外メディアやパブリッシャーに向けた日本のインディーゲーム・ショーケースといった雰囲気が強く、我々国内のゲーマーは蚊帳の外に置かれた感がある。

それでも当初の予想をはるかに超えて、BitSummitの記事は国内でも多くリリースされた。だが、それらの多くはSteamを擁するValveや有名クリエイターの基調講演を扱ったものが多く、インディペンデントな開発者に焦点を当てた記事は相対的に少なかった。

正直に申し上げると、国内メディアによるインディーゲームの扱いは低すぎる。それにBitSummitのような海外主導のイベントが開催されて初めて、国内のインディーゲームを話題にするような姿勢については、猛省を促したい。そもそもBitSummit以前に、国内にはコミックマーケットなどの同人ゲーム頒布会やIGDAが主催する東京ロケテゲームショウなど、インディーゲームやクリエイターに関わるイベントがあったではないか!(ただ、いつもは海外記事の翻訳が多いGame*Sparkだが、今回は精力的に取材を行なっていた点は高く評価したい。)

もちろん、BitSummitの開催とその報道は、一般の人々が「日本のインディーゲーム」に触れるきっかけを与えたという意味では大きい。これらの記事を通じて、個々のゲームタイトルはともかく、「日本のインディーゲーム」という存在を知ってもらうだけでも、今後のシーンの活性化にはつながるだろう。

またイベントの報道が広がるとともに、日本のクリエイターやプレイヤーの間から「インディーゲームとは何か?」、「同人ゲームやフリーゲームと何が違うのか?」といった議論が顔をのぞかせてきた。この問い自体は、これまでも常に問われてきたことであり、私自身も以前書いてきたことでもある。(詳細は以下の記事を読んでいただきたい。「海外で巻き起こる個人制作、小規模開発者のムーブメント」、「日本のインディーゲームの未来」。)

ここでは簡単に「インディー」という言葉の歴史を振り返ることで、今後の「日本のインディーゲーム」のあり方について個人的な意見を述べたいと思う。

インディーとインディーズ:言葉と概念の歴史

まず日本国内の特殊な事情として、「インディー」と「インディーズ」という表記ブレの問題がある。BitSummitの報道においても両者が混在している。

もちろん、呼称は単なる言葉であって、それほど固執する必要はないだろう。「インディー」であれ、「インディーズ」であれ概念としてある程度、適切に理解されていれば、コミュニケーションに齟齬が生じることは少ない。とはいえ、文脈的に両者の言葉のニュアンスは異なっているため、馴染みがない人に誤解を生じさせるだろう。それぞれに固有の歴史的文脈があるため、ここで簡単に確認しておきたい。

まず「インディー」とは、英語の形容詞「independent」の略であり、しばしば「独立系」などと訳される。その意味するところは、大手の資本や組織に寄らない文化の制作や流通のあり方を指す。もともと、音楽や映画業界で使われてきた用語であり、その歴史はレコード産業、映画産業の始まりと同じくらい古いものである。

しかしながら、現在の欧米圏で使用される「indie」という形容詞は、単なる制作における独立性といった形式的意味以上の含みを持つ。70年代後半に起こったパンクムーブメントは、現在に至るまでこの「indie」という形容詞にイデオロギー的影響を与え続けてきた。そのイデオロギーとは、反資本主義であったり、個人主義であったり、反メジャーであったり様々だが、やはり一番はDIY精神だろう。(公平のために、パンク・サブカルチャーの中にはネオ・ナチズムやハレ・クリシュナ、キリスト教原理主義といった良心的なパンクスが心を痛めるような種類があることも付け加えておこう。)

DIY精神とは、言うまでもなく「Do It Yourself!」の略称であり、「independent」の語義と同じく、文化における独立性と自律性を肯定する態度である。パンクに影響を受けた90年代のロックの多くは、「オルタナティブ・ロック」としてメインストリームに浮上していった。だが2000年代以降、伝統的なDIY精神を守りつつ、インターネットなどの新たなテクノロジーを利用する新世代の多くのアーティストたちは、「インディー」という名称のもとに薄く広がるシーンを築き上げてきたのだ。

この流れにある「インディー」には、ロック・ミュージックだけではなく、映画、雑誌、コミック、ファッション、プログラミング、そしてゲームが内包される。さらに、そこにはDIY精神だけではなく、ハッカー/ギーク的な価値観――フリー、オープン、シェア――といったものがブレンドされている。(元をたどれば、パンク文化もハッカー文化も60年代のカウンターカルチャーに行き着くわけで、これらは生き別れ兄弟の再開と言えるのだが。)

それに対して、「インディーズ」とは和製英語であり、英語で「Indies」と書くと「東インド諸島」を指すことになる。日本では主に音楽業界で大手レコード会社に属さないレーベルに冠される言葉である。この意味での「インディーズ・レコード」の元祖は、1967年のフォーク・クルセダーズの『ハレンチ』である。ただしこの段階の「インディーズ」という言葉は、主に「自主制作」や「自主流通」といった意味が強かった。

現代まで残っている「インディーズ」のニュアンスは、80年代頃に形成された。70年代後半からのグローバルなパンクロックのムーブメントが日本にも影響を与え、多くのロックバンドが誕生した。その流れが80年代後半に大衆的な注目を浴び、雑誌やテレビ番組などで「インディーズ」として紹介され始めたのが決定的だった。

80年代後半のインディーズ・バンドはハードコア・パンクからゴス・ロック、テクノポップなどかなり多様なものであった。しかし、90年代には日本ローカルな音楽ジャンル「ヴィジュアル系」が人気を博してきた結果、「インディーズ」という言葉のイメージがヴィジュアル系に引き寄せられることになっていった。ヴィジュアル系のロックバンドは確かに、インディーズ出身が多くいるが、海外の「インディー」という言葉に含まれるDIY精神や反資本主義といった価値観はあまり強く打ち出していない。そのため、日本の音楽業界で「インディーズ」という言葉は「メジャー予備軍」的な扱いを受けることも珍しくない。こういった事情もあり、海外志向のロックバンドは、徐々に「インディーズ」という言葉を避けるようになっていった。

現在、80年代からの日本の音楽に親しんだ人は「インディーズ」という言葉を使用する傾向にあるが、海外の音楽シーンに共感を覚える人はこの言葉をあまり使用したがらない。一方ゲームでは、2009年から始まった「Xbox Live インディーズゲーム」が「インディーズ」という形容詞を冠した結果、「インディーズ」という言葉が普及してしまった。日本ローカルな文脈を避け、グローバルなシーンを強調したい音楽ファンにとって、「インディーズ」という言葉は唾棄すべきとまでは言わないが、少々居心地の悪い響きを持っているのだ。

もちろん、呼称は呼称であって、それほど固執する必要はない。パンクロックが好きな私個人は「インディーゲーム」という言葉の方を好むのだが、「インディーズゲーム」という言葉が日本で一定、定着してしまったならば、それ自体には文句はない。しかし、言葉の歴史を知ることは、それで名指される概念の持つ価値観を理解することにつながる。そしてインディーズゲームであれ、インディーズゲームであれ、重要なのはその概念と価値観のあり方なのだ。

欧米に比べると音楽業界とゲーム業界(さらに映画業界)の隔たりが大きい日本では、以上のような事情もともない文化横断的な「インディー」という価値観はそれほど浸透していない。それに何も海外の価値観をそのまま輸入することだけが、選択肢ではない。今の日本のゲーム業界に必要なことは、海外のインディーゲーム・シーンの良いところ、悪いところ咀嚼した上で、より良い「インディーゲーム」の概念と価値観を創りあげることだ。

革新性と多様性

ここから先に申し上げることは、多分に私の個人的な意見によるものだ。私は何もインディーゲームのあり方と価値観を定義したいのではなく、ひとつの提案をしたいのである。

「independent」の語義に忠実にあるならば、インディーゲームとは何かしらの独立性や自律性を持っている必要がある。それは歴史的に言えばDIY精神であり、文化をクリエイター自らの手で発信すると共に、コントロールすることに重きを置く。この点からインディーゲームにとって重要なポイントは、革新性と多様性にあると、私は考えている。

革新性とは、オリジナリティであり、イノベーティブであり、クリエイティブであることだ。どんな文化においても、規範や慣習を突き破った表現が文化を成熟させ、発展させてきた。ゲームも同様だ。

もちろん、インディーゲームだけが革新的であるわけではない。従来のゲーム産業が作り上げてきた作品の中にも革新的なものは多数ある。しかしながら、産業の成熟とともにゲーム会社は統合され、大企業化していく。「イノベーションのジレンマ」として知られるように、巨大企業はリスク回避という合理的な選択を繰り返す結果、革新的なプロダクトへの参入を避け、結果として新規需要を取りこぼす。

このようなコンテンツ産業の統合化の後には、クリエーションを行なう部門が小規模化、流動化することが知られている。そのような小規模なスタジオは、ロックバンドがレコード会社から離れるように、大手パブリッシャーやデベロッパーから分離して、大企業が手を出せない革新性の高い作品をリリースすることになるだろう。また統合化の結果、成立するオープンなプラットフォームでは、新規参入者が増え、彼らも革新性の高いコンテンツを提供できるだろう。(この流れについては、以下の論文が詳しい。樺島榮一郎「個人制作コンテンツの興隆とコンテンツ産業の進化理論」。)

これらの小規模の開発者たちが提供する革新的なコンテンツは「インディーゲーム」の名の下にあるだろう。彼らは言うならば、ポップカルチャーにおけるアヴァンギャルドであり、常に挑戦的な表現をゲームという領域で行なうのだ。もちろん、ハイリスクな挑戦であるため、こういったプロジェクトには大企業や公的資金の援助が必要かもしれない。だが、たとえ外部資本の提供を受けようとも、クリエイターの表現の独立性が守られるなら、それらは「インディーゲーム」と呼びうるものだと思う。

他方、多様性とは、インディーゲームは様々な形体を含みうるということである。ゲーム産業が成熟化すると、革新性と同様に多様性も失われる。リスクを恐れる大企業は人気タイトルの続編やフランチャイズに資金を注ぎ、ゲームのジャンルも画一化していく傾向にある。それに対して、小規模なデベロッパーは革新的なゲームに挑戦すると共に、既に流行が終わったとされるニッチジャンルにもタイトルを提供していくことができる。

しかしながら、多様性は何もゲームの中身に限ったことではない。プロジェクトの企画、運営、流通、プロモーション、あらゆる面でインディーゲームは既存のゲーム産業が持たない多様性を持ちうるし、持つことが許されるべきだ。

なのでPCで公開して、SteamのGreenlightを通過するということだけが、インディーゲームの成功モデルになって欲しくはない。そもそもインディーとは独立性の美学であり、それらのゲームの中身とは別の部分にも開発者の自由度があってもよいし、あるべきだろう。だが逆にインディーゲームは既存のプラットフォームやシステムを利用せず、すべてをゼロからこなすべきかというそうではない。

Steamであれ、Desuraであれ、Playismであれ、開発者は好みのディストリビューターを利用すればよい。コンソールに展開するのだって1つの選択肢だ。自分たちのゲームを実現するために、パブリッシャーと手を組むことも自由であるべきだろう。もちろん、コミックマーケットも立派な流通の場であり、プレイヤーとクリエイターが直に接することができる貴重なプロモーション手段の一つだ。

要するに重要なのは、「多様性の中で成り立つ選択の自由」なのだ。これは流通、販売、プロモーションすべてに言えることだろう。Kickstarterでキャンペーンを行なう、Greenlightに応募する、コミックマーケットにサークル参加する、ネット上で無料で公開する。どのようなパスを踏んでも、「多様性の中で成り立つ選択の自由」さえ守られるのであれば、「インディーゲーム」と呼んでいきたいものである。

まとめると、ゲームの内容とその発表の仕方、両者の点で革新性と多様性が良しとされる価値観。それが「インディーゲーム」の概念を形作っていくことが、私の理想である。そして、インディーゲームを支えるシーンやメディアはそのような革新性と多様性の自由を可能にする環境を提供していくべきなのではないだろうか。