2013年1月16日水曜日

ゼロ年代とスチームパンク

今更なのだが、最近になってガイ・リッチー監督の映画『シャーロック・ホームズ』を見た。本作はあのコナン・ドイル原作の「シャーロック・ホームズ」の現代的な解釈として話題を集め、推理というよりアクション性が高いエンターテインメント作品だ。中でもロバート・ダウニーJrが演じる現代的なシャーロック・ホームズは引きこもりの発明家でありながら、ロンドンで賭けボクシングをやるような風変りなゴロツキ風。ディア・ハンターの帽子をかぶった英国紳士とはまた違った趣があり、これはこれでなかなか楽しかった。  だが本作の一番の魅力は、その衣装やガジェットなどの美術や19世紀後半に独特なロンドンの風景だ。アカデミー賞の美術賞を受賞するほど、衣装やガジェットは凝っており、特にホームズが発明するガラクタのようなガジェット、さらに結末に大きく関わる大量破壊兵器などのデザインは素晴らしいものであった。端的に言えば、いわゆるSFのある系譜である「スチームパンク」の影響が強いのだ。


ゼロ年代を席巻したスチームパンク・ブーム  

スチームパンクとはSFのルーツであるジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズなどの19世紀後半の小説に影響を受けたSFのサブジャンルである。私はSFについては門外漢なので、より詳しく知りたい方は、文末のリンクのWebサイトや昨年発売された『SFマガジン』7月号のスチームパンク特集などを読んでみてほしい。  

だがその典型的なモチーフからスチームパンクをごく大雑把に説明すると、「Steam」の名前のとおり蒸気機関やゼンマイ、歯車といったレトロフューチャーな機械が登場したり、ヴィクトリア朝のファッション(ネオ・ヴィクトリアン)や世紀末イギリスの世界観を模倣したり、DIY志向が強い発明家が登場したりするようなSF作品のことを指す。  

SF小説ではウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの1990年の『ディファレンス・エンジン』がこのジャンルの金字塔となり、日本でも有名だ。だがその後、SF小説の世界ではスチームパンクというジャンルはいったん廃れていったという。  

しかしながら、スチームパンク的世界観はゼロ年代には小説以外の分野において一大ブームとなった。ビデオゲームの世界も同様で、『ミスト』(1993)、『バイオショック』(2007)といった傑作もスチームパンク的世界観を生み出している。Playismでローカライズされている『マシナリウム』(2009)のファンタジックなロボットのデザインもスチームパンクの雰囲気がよく表れている。  

他にも映画やファッションといったものにとどまらず、音楽やテクノロジーといった分野にもスチームパンクの流行は表れているという。日本でも話題になったクリス・アンダーソンの著書『メイカーズ』も、そのようなスチームパンク・ブームにおけるDIY志向を強く打ち出したものだ。そのため、2000年以降のスチームパンク・ブームは単なるSFを超えたものに広がっており、もはやグローバルなトレンドと言えよう。

日本ではイマイチふるわないスチームパンク  しかしながら、日本においては「スチームパンク」なる言葉は一部のSFファンや海外文化に関心がある人にしか浸透していないように思える。クリス・アンダーソンの本にしても、単なるビジネス本としての紹介がほとんであり、スチームパンク・ブームとして紹介されるのを目にしたことはほとんどない。  

だが一方で、ゼロ年代の日本のポップカルチャーにスチームパンクがなかったと言えば、そうではない。実際にはいくつかのアニメやゲームがこのジャンルに挑戦してきたが、残念なことに大衆的に受け入れられることも、ブームとしても定着しなかったと言えよう。  

例えば、大友克洋監督の『スチームボーイ』はその名から分かる通り、スチームパンクを強く意識した日本のアニメーション映画であった。作品の良し悪しはともかく、映画としての興行成績は残念ながら良いものではなかった。ゲーム化もされたがさほど評判も聞かない間に忘れ去れた感がある。  
また2000年代前半、グローバルなコンテンツとしてのアニメーションに果敢に挑戦したGONZOは『LAST EXILE』という素晴らしいスチームパンク的世界観のTVアニメを制作している(残念なことに、2012年に作られた続編は惨憺たる内容だった)。  

そもそも日本国内のアニメやゲームなどでは、萌え系、日常系、空気系とよばれるほのぼのとした世界観のオタク系コンテンツが主流であり、SFやファンタジー的な作品は予想以上に人気がない。前述した海外のスチームパンク・ブームの影響は日本では皆無といって等しく、アニメにしろゲームにしろスチームパンクという言葉が話題になることは非常に稀である。(個人的に2DSTGファンの私にとって、CAVEの制作した横シューティング『プロギアの嵐』(2001)はジュブナイル的要素とスチームパンクの世界観を見事に調和した作品だと思うが。)


ファイナルファンタジーが与えた影響  

以上のように日本のポップカルチャーは、国際的なゼロ年代のスチームパンク・ブームとほとんど接点を持たいないまま進んできたように見える。とはいえ、忘れてはいけないのは現在のスチームパンクの流行、特にビジュアルと世界観に大きく影響を与えたのが日本のゲームであったことを忘れてはいけないだろう。  

1997年にPS向けにリリースされた『ファイナルファンタジーⅦ』はシリーズ史上、最大のヒット作である。全世界で970万本という驚異的な売り上げを記録し、北米史上だけでも300万本売れている。ビデオゲーム史としては、コンソールビジネスを任天堂からSCEへと大転換したソフトして語られる事が多い。しかし、本作の重要性は単なるビジネスの領域にとどまらず、「現代的なファンタジー」という革新的な世界観を打ち立てたものとしても記憶されるべきである。  

古典的な剣と魔法の世界のファンタジーから出発したファイナルファンタジー・シリーズは『ファイナルファンタジーⅥ』のころから、「魔導」と呼ばれる魔法と科学の力をフィーチャーし始め、それは続編の『Ⅶ』にも大きく引き継がれた。『Ⅶ』では、さらに「魔晄エネルギー」という力を独占する「神羅カンパニー」という巨大企業と、それに反抗するレジスタンス集団「アバランチ」の間で物語が展開する。  

『Ⅵ』が持つ魔法と機械の世界は、SFCでは2Dのドット絵でしか表現できなかった。だが『Ⅶ』はPSの強み活かして、それらの世界観が3Dグラフィックで表現された。結果として、グローバルな市場においても驚異的な成功を勝ち得たのである。  

またこれまでのファンタジーベースのRPGが魔王や悪魔といった敵役を設定してきたのに対して、悪役が企業体であることは、当時としては斬新かつ画期的なものであったように思える。そして産業が発達したディストピアにおいて、政府や魔王といった敵ではなく、レジスタンスとして企業(!)と戦うという設定は、今から思えば、サイバーパンクから派生したスチームパンクのテイストをかなり忠実にすくい取っているように思える。(ただ個人的に思い入れが強いのは『Ⅵ』の方だ。一国の主でありながら、色男の発明家のエドガーはファイナルファンタジーの中で私の一番のお気に入りキャラクターであるが、これまたスチームパンク色が強いキャラクターだ。)


世界観によってグローバルなトレンドを作る  

昨年はWindows版の『ファイナルファンタジーⅦ』のダウンロード販売が行われ、英語圏では本作が何度も話題に上がった。そのような再評価の中には、本作をゼロ年代のスチームパンク・ブームのパイオニアとして位置付けるものもあっただろう。日本ではスチームパンクがいまいち流行らないため、そういった再評価は少ない。だが、グローバルなビデオゲーム市場に挑戦するために「スチームパンク」というジャンルが1つの鍵となると考えても良いだろう。  

日本ではカジュアル・ユーザーにも受け入れられているドラゴンクエスト・シリーズの知名度が高く、ファイナルファンタジー(特にそのナンバリング・タイトル)といえば、日本のコアゲーマー向けと思われている。だが、グローバルに見た場合、ファイナルファンタジー・シリーズが持つ人気は圧倒的に高く、しかもその人気の大部分が『Ⅶ』で打ち出したスチームパンク的世界観であったと思われる。もちろん、これは現在のスチームパンク・ブームから見なおした後付であり、言わば後出しジャンケンと言われればそのとおりだ。  

それでも当時としても本作が持っていた世界観のインパクト、さらに後世に及ぼした影響は重要だ。ゼロ年代の世界的ムーブメントに日本のゲームが果たした役割を見直すことは、今後のコンテンツ産業が海外進出を図る時の格好のケーススタディだ。逆に言えば、1997年の段階にはコンテンツ産業において日本と海外の間に蜜月があったわけで、海外市場を展望に入れているクリエイターやプロデューサーは、『ファイナルファンタジーⅦ』そこからゼロ年代の海外サブカルチャーを徹底的に見直す必要があるだろう。


リンク 

S―Fマガジン2012年7月号
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/721207.html

「スチームパンク・レヴォリューション」―スチームパンク特集2012
http://www.26to50.com/jp/steamPunk2012_index.html

会誌『Void Which Binds 復刊1号』
SFの同人誌。冒頭の「二一世紀スチームパンク概観」が参考になる。
http://ensemble-sf.info/2012/09/void-which-binds-1.html