2013年1月28日月曜日

インディーデベロッパーに焦点を合わせる国内ミドルウェア

年明け1月10日にCRI・ミドルウェアは、ゲーム開発のオーディオシステム「CRI ADX2」のインディーデベロッパー向けの無償版をリリースした。「ADX2」は国内外でデファクトスタンダードとなっているゲーム開発ミドルウェアである。インディーデベロッパー向けパッケージ「ADX2 LE」もプロ向けと完全に同じ機能のオーサリングツールを備え、多彩なサウンド演出が可能になる。

このようなゲームエンジン/ミドルウェアがインディーデベロッパー向けに無償化される流れは、急成長を続けてるUnityや「Unreal Engine3」のインディー向けパッケージ「Unreal Development Kit」など主に海外から始まった現象である。その狙いは様々あるだろうが、基本的にはインディーデベロッパーにツールを流布させることで、ユーザー・コミュニティを育てることが重要なポイントだ。

ユーザー数が多ければ、ゲーム開発のノウハウを互いに共有することも可能であり、ツールが1つのプラットフォームとして拡大していく。いわゆる「ネットワーク外部性」が効果を発揮し、ミドルウェア提供会社はそのユーザーの規模を利用して、一部の機能を有料化するなり、特別なサポートを行うなり、フリーミアムのビジネスモデルを採用することが可能になっていくのだ。 

興味深い点は、これら海外のゲームエンジンだけではなく、冒頭のCRIのニュースのように国内のミドルウェア提供会社もまた「インディーデベロッパー」に焦点を当てていることである。一昔前ではゲーム開発を行なうにはコーディング、グラフィック、サウンドなど多様なスキルが必須であった。だが、これらのミドルウェアを利用することで個人や小規模なゲーム開発が格段に容易になったのだ。

もちろん、これらの商用ミドルウェア以外にも、日本のPC文化には様々なフリーやシェアのツール、ライブラリが公開され、フリーゲームや同人ゲーム開発に大きな影響を与えてきた。しかしながら、ゲーム業界においてデファクトとなるツールを利用することで、クリエイターはアマチュア時代やスタートアップに培ったノウハウをその後のキャリアにも活かせるというメリットがある。

つまり、これらの国内ミドルウェアがインディーデベロッパーに焦点を合わせるという潮流は、大きく捉えるならば、日本のゲーム産業を活性化させようという強い意志によって動かされている。海外のインディーゲームが盛り上がりを見せ、産業としての存在感を感じさせる規模になってきたのは、やはり制作環境の向上によるものが大きい。今後のインディーゲーム、そして日本のゲーム産業全体の発展を願う意味を込めて、ここでは国産のミドルウェアについて簡単に紹介したいと思う。

伝統あるツクールシリーズの再生

「ミドルウェア」というべきかどうかはともかく、おそらく国産のゲーム開発ツールとして最古であり、現在まで開発が続けられているものとしては「ツクールシリーズ」がある。最初期のバージョンは、アスキーが1990年に発売したMSX2用『RPGコンストラクションツール Dante』まで遡る。現在はエンターブレインが開発と発売を行なっており、RPG以外にもアクションゲーム制作のためのツールや画像素材などを提供している。

日本のホビーパソコン規格MSXのために作られたことから分かる通り、ツクールシリーズは基本的にアマチュアのゲーム制作用のツールだ。そのため、機能は限られている分、製品自体は非常に安価。現在でも多くのアマチュア・クリエイターたちが作品を作っている。私自身もこれまで何本もの「ツクールゲーム」をプレイしてきたが、限られたリソースの中で創意工夫を行なう素晴らしいクリエイターは多い。

アマチュア向けと思われているツクールシリーズであっても、商用利用自体は可能である。日本においては、どうしても「ツクールゲーム=フリーゲーム」という認識が強く、「ツクールの世界からインディーデベロッパーに」という話はほとんど聞かない。しかしながら、Playismでも配信されているききやま氏の『ゆめにっき』、昨今、同人業界で話題になったkouri氏の『Ib』など国内外から注目される作品も存在する。(これらの作品がRPGツクールを利用しながらも実際はアドベンチャーゲームであることは注目に値する。昨今の海外インディーゲームシーンでも、アドベンチャーゲームに対する再評価は高く、インディペンデントなクリエイターの美学は地下水脈でつながっているようだ。)

もちろん、RPGツクールシリーズで制作されるゲームはグラフィックの面でもシステムの面でも制約が多い。しかしながら、レトロな2Dグラフィックであるドット絵(pixel art)を逆手に取った表現も可能であり、海外インディーゲームでは『To the Moon』のような傑作も生まれている。海外では「RPG Maker」という名前で知られ、『To the Moon』以外にもインディーデベロッパーの商業作品にも利用されている。

過去には音楽制作やグラフィックのためのツールも提供していた本シリーズ。歴史が古いだけあって、プラットフォームによってはツールの互換性がない、マルチプラットフォームには対応していないなどの問題もある。しかし、ゲームのミドルウェアがインディーデベロッパーに開放されつつある今、日本のホビーパソコン文化に根ざしたツクールの世界はアマチュアのゲーム制作の歴史として十分に再検討の余地がある。

精力的に同人ゲームを盛りたてるマッチロック

国内のミドルウェア提供会社の中では、CRIに先んじてマッチロック社が2011年にインディーデベロッパー向けの3Dエフェクトツール「BISHAMON Personal」をリリースしている。「BISHAMON」自体はシリコンスタジオが提供するプロユースのエフェクトツールだ。

「BISHAMON Personal」は「ADX2 LE」と異なり、無償版というわけではないが、プロユースのツールをインディーデベロッパーに向けて格安で提供している。さらに、前年度の年商1000万円未満なら商用利用も可能であり、Windowsは当然、iOSやXbox360で再生するためのSDKも格安で提供している。

「エフェクト」はゲーム開発において重要な演出部分ではあるが、個人や小規模なデベロッパーでは後手後手に周り、プログラマーやグラフィッカーが片手間に制作することも多いという。画像素材を組み合わせることで制作すること自体は比較的簡単ではあるが、ゲームの動的な要素であるため、最終的なチューニングにはトライ・アンド・エラーを重ねる必要がある。そのため、リッチな演出のゲーム制作には「BISHAMON Personal」のようなプロユースのツールは非常に効果を発揮するのである。

またマッチロック社は、このようにインディーデベロッパー向けのバージョンをリリースするだけではなく、国内のインディーデベロッパーや同人サークルを盛り上げる活動を行なっている。ユーザー向けのセミナーを行なうのはもちろんのこと、2012年のCEDECの展示では同人ゲームのデモを流すなどの取り組みを行なっている。また「BISHAMON Personal」を使用した賞金付きの「ゲームエフェクトコンテスト」を開催するなど、その意欲的な姿勢には驚かされる。

また国内の同人ゲームの開発者たちも、それらのマッチロック社の姿勢に応えるように、「THE GAME EFFECT」という合同誌をリリースしている。ベテランの同人サークルD.N.A.Softwaresが中心となり、同人サークルのクリエイターたちがそのノウハウを同人誌の形で共有する姿には、日本の草の根ゲーム開発コミュニティのバイタリティーを感じる。ミドルウェア提供会社のサポートを得つつ、インディーデベロッパーがこうしたボトムアップな活動を行なうのは、クリエイティブな産業の理想的な形のひとつではないかと思う。

2Dグラフィックに特化するウェブテクノロジのツール

インディーデベロッパー向けのパッケージはないが、ウェブテクノロジ社の「SpriteStudio」は個人でも購入可能な価格の2Dに特化したアニメーション制作ツールだ。スマートフォンも含めたマルチプラットフォームに対応しており、ソーシャルゲームからシューティングゲームまでに幅広く利用されいる。

筆者は昨年のCEDECでまもなく発売される次期「SpriteStudio」のセッションを取材しているが、予想以上に参加者が多く、「2Dアニメーションツール」に対する期待を感じた。言うまでもないが、日本人は世界でも類を見ない2Dグラフィック好きである。そのため「SpriteStudio」のようなツールの需要は高く、また手軽に作成できるため、今後のインディーデベロッパーにも受け入れられる可能性は非常に高い。

また同社が開発したマンガ作成ソフト「コミPo!」は、3Dモデルに様々な属性を付与して2Dのキャラクター画像を作成することが可能だ。基本的にはモデルのポージング、コマ割り、フキダシなどを設定して誰でも気軽にマンガを書くためのソフトだが、ゲーム用のキャラクター・グラフィックとしても利用可能。非常に安価であるため、絵に自身がなくてもノベルゲームの立ち絵などなら簡単に作れる。

ゲーム開発人口の増加を望む国内ゲーム業界

ここでは紹介しきれなかったが、他にもインディーデベロッパーや個人が利用可能なツールやミドルウェアは様々ある。HTML5とJavaScriptライブラリを利用した「enchant.js」は、ユビキタスエンターテインメントが提供する無料のオープンソース・フレームワークだ。また「吉里吉里」や「NScripter」といった日本のノベルゲーム文化を築き上げた優れたフリーソフトがある。(ゲームエンジンとノベルゲームのグローバル化についてはまた別の機会に紹介したい。)

これらのツールやミドルウェアはアマチュア向けのライトなものからプロユースの多機能製品まで様々ではあるが、いずれにせよ、ゲーム開発の楽しみを感じさせ、開発者人口の増加に手を貸していることは間違いない。また昨年、WiiUをリリースした任天堂がUnityとグローバルライセンスの契約を結んだことから分かるように、ゲーム業界全体が開発者人口の拡大を望んでいるのだ。

原稿を書いているたった今、全世界では「グルーバルゲームジャム」と呼ばれるイベントが行われている。そこではたった48時間という限られた時間の中で、開発者たちがロック・バンドのセッションのようにゲームの開発を行なっている。このようなイベントに対しても、ゲームエンジンやミドルウェアといった開発ツールが与える恩恵は大きい。そして実際に、国内のミドルウェア提供会社も協賛を行なっているのだ。

もちろん、企業であるそれらの会社は自社のユーザーを増やすことが第一の目的だろう。しかしながら、国内のゲーム業界全体がゲーム開発人口の増加を望む潮流にあり、筆者もそれを応援していきたい。


追記:(2013/01/31)
2012年12月より、プロ版のBISHAMONもBISHAMON Personalと同様、これまで開発・保守を行っていたマッチロックが販売を手がけることになった。

2013年1月22日火曜日

「置き去りにしないでくれ!!」

「好きなゲームは、なんですか?」と聞かれた時に、私はゲーム性やデザインなどのエンターテイメント要素が優れたゲームより、優れた物語を持ち合わせているゲームを答える場合が多い。

失恋した時に聞いた歌が、人生に影響を与える力を持つように、自分の人生とのタイミングによって、物語は心に強く訴えかけ、何年にもわたり人生に影響を与える(もしかしたら、人生そのものを変えてしまう)力を持っている可能性がある。

スペイン北部の港町に生まれた私が、インターネットやゲームなど存在しない時代に、物語と親しむ方法といえば、読書、映画、年配の人たちや友人が語る話しの3つしかなかった。特に読書には夢中になり、多くの物語に触れる事ができた。

運よく私の家は、多種多様な本で埋め尽くされており、(正確に何冊あったかは、分からないが3500冊は下らないと思う)毎日3、4時間は読書をして過ごしていた。

当時も今も、影響を受けた物語は海をテーマにしたものだった。ナイフを口にくわえて新しい冒険へと海に飛び込む勇猛な男たちの、想像を絶する困難を乗り越える物語が、私に与えてくれたものは数え切れない。

特に私のお気に入り、ジョゼフ・コンラッド(Joseph Conrad)とロバート・ルイス・スティーヴンソン(Robert Louis Stevenson)、二人の作家の物語からは、今でも物事を理解する為に利用する事もあり、問題や困難を迎えた時には、鎮痛剤の代わりにさえなる事もしばしばある。

だが私の人生に強く影響を与えた物語は、作られた物語ではなく、実際に起こった物語である。中でも、第二次世界大戦中に漂流した船乗りたちに起こった物語は、いつも頭の中にある。この物語は、日本ではあまり知られていないが、スペインでは様々なドラマや童話にでさえなる有名な出来事です。

第二次世界大戦中の夜明け、大西洋ど真ん中でスペイン人の若い船乗りを乗せた貨物船に、ドイツ軍の潜水艦からの魚雷が命中した。 状況を想像してみてほしい。夜明け直後の暗闇の中、爆発音と同時に沈む船、船上は混乱に包まれ、炎と煙だらけの海に身を投げる男たち、大海原の恐怖・・・

オイルで汚れたボートやイカダにひしめき合い、寒さに震え、負傷したもの達もいる中、6日間食べ物も水も無く漂流した後、幸運にも救助された者たちがいた。

この物語の中で、私にとって一番インパクトを与えたシーンは、船乗りたちは、一艇のボートとボートに繋いだ木製のイカダで漂流していた。4メートルもの強い波に見舞われ、船尾にイカダをつないだボートは、その煽りを受け大量に浸水し転覆の危機に至った。

ボートの上では、イカダが繋がれている綱を切って見放すべきかどうかについて激しい議論が展開されたが、最終的にはイカダを繋いだままにしていた。しかし、夜間に誰かが綱を切ってしまった。他の者は暗闇の中、イカダからの船乗りがあげる、悲痛な叫び声で目を醒ました。

「置き去りにしないでくれ!!」

イカダはどんどん小さくなり、叫び声は徐々に聞こえなくなった。暗闇での船上で聞こえるのは、波の音と風の音だけになった。3日後、漂流船はイギリスの護衛戦によって救出されたが、イカダとその乗員についてのその後を知ることは無かった。

このような物語は、他にもたくさんあるだろうが、初めて聞いた時から、深く心に残っている。特に夜の海の近くにいる時には、遠ざかるイカダからの仲間たちの声を聞いていた乗員達の事を考える。また、イカダの綱を切った者の後悔の念を。その事を考えていると私の抱えている全ての問題も、この船の乗員や死に押し迫られた運命に比べれば戯言であり、なんでもない事のようだ。

ただ先日、日本でこの物語を再現した番組を見たが、侮辱されたように感じた。内容は基本的に同じで、状況はかなり詳細に説明されていたが、自己克服と生き残りの物語として描かれた物語は、まるでディズニー映画の様だった。しかも、イカダの綱が夜に勝手に切れた設定にしてあった。残念な事に、この実話を特徴づける仲間を見捨てる卑怯者の船員の仕業として描かれていなかった。

「置き去りにしないでくれ!!」

意図的に突き放した場合と、自然に離れて行った場合、同じ言葉でも全く違う聞こえ方がするものではないだろうか。

とにかく甘ったるい物語になっており、最後にアンパンマンかドラえもんが登場して、全ての遭難者を助けるのでは?という思いが頭をかすめたほどだ。

日本ではこの物語は、第二次世界大戦中に起きた一つの逸話であり、イカダの綱を切るか切らないかで、もめた船員たちのエピソードは、この番組を見た者の心には響かないだろう。作成者たちは、この実話の持つ内容、意味を実際とは全く違う作品にしてしまった。

こういった類の失敗が、日本ゲームにも起きている。しかも近年は、そういったケースが顕著に存在している。10年前、全てのゲーム作成者は、まだ品質に関するポリシーを持っており、いくつかの日本ゲームは、現在の30代から40代の世界中の人たちの人生を決定的に変える影響力を持ち合わせていたほどだ。(アメリカ人に好きなゲームトップ10を聞いてみて欲しい。少なくともそのうちの3つは日本製だろう。)

しかし、現在の日本ゲーム業界は品質よりも早さを優先するようになった。特に海外に提供する為には、早さを求め過ぎ「なんでもOK」という思想が生まれ、素晴らしい品質のゲームであっても海外では、まったく異なる捉え方をされ、ただのクソゲーとなってしまう。(先ほどの漂流事件と同じように。) また、どこかで見たような似たりよったりなゲームが多くリリースされている。

今回の文章が、ゲーム業界全般に関する批判だとは思わないで欲しい。もちろん素晴らしい作品はいくつもある。(例として、パズル&ドラゴンは本当に素晴らしい。)しかし、今日のゲームクリエイター達が世界中600万人の購買力のあるゲーマーたちに提供する立場にあるとするならば、どこにでもあるようなコピー作品を作るよりも、本当に影響力のある革新的な新しいコンセプトをつくり上げるべきではないかと思うのだ。

海外のゲーマーは、品質の高い日本のゲームを待ち望んでいる。なぜなら、大げさに聞こえるかもしれないが、『日本』は『品質』の同義語なのだ。「Made in Japan」 の製品を買うのは、「Made in Vietnam」のものを買うのとはワケが違う。(ベトナムの人を侮辱するつもりは一切ない。)しかし、海外に進出する為には10年前と同じように良質な製品を作らなければならない。まず買う価値のあるゲームを作成し、ふさわしいパートナーや基盤を探す。ローカライズに関してその条件を明確にし、しっかりとしたプロモーションを行う必要がある。早さを求める事は、決して悪い事ではないが、1週間で全てをやってしまおうとする事は、絶対にやっては行けない。
要するに、「やるべき事を、きちんとやる」簡単なように聞こえる事だが、実際にはとても難しい。それをやるには、いくら時間があっても足りない。忘れては行けない事は、物事には時間がかかるという事だ。

私は10年後も人々の心に残り、影響を与える事のできる高品質のゲームを待ち望んでいる。また、現在のテクノロジーを駆使する事で、素晴らしい作品が提供出来ると確信している。

2012年は、月並みなゲームとお粗末なローカライズの年だった。 我々は自らの手で、イカダの綱を切りゲーマーたちは、暗闇の中叫びながら少しずつ離れて行っている。

「置き去りにしないでくれ!!」

今はまだ聞こえるゲーマーたちの叫びが聞こえなくなった時、残るのは波の音と風のうなり声、そして暗闇の中の沈黙した船。

沈黙した船には一体、何が残り、どのようになってしまうのでしょうか? 大西洋の荒れ狂う大海原のど真ん中、不安定なボートであっても生き残らなければならない。もちろん、イカダの綱を切る事は考えてはいけない。

2013年1月16日水曜日

ゼロ年代とスチームパンク

今更なのだが、最近になってガイ・リッチー監督の映画『シャーロック・ホームズ』を見た。本作はあのコナン・ドイル原作の「シャーロック・ホームズ」の現代的な解釈として話題を集め、推理というよりアクション性が高いエンターテインメント作品だ。中でもロバート・ダウニーJrが演じる現代的なシャーロック・ホームズは引きこもりの発明家でありながら、ロンドンで賭けボクシングをやるような風変りなゴロツキ風。ディア・ハンターの帽子をかぶった英国紳士とはまた違った趣があり、これはこれでなかなか楽しかった。  だが本作の一番の魅力は、その衣装やガジェットなどの美術や19世紀後半に独特なロンドンの風景だ。アカデミー賞の美術賞を受賞するほど、衣装やガジェットは凝っており、特にホームズが発明するガラクタのようなガジェット、さらに結末に大きく関わる大量破壊兵器などのデザインは素晴らしいものであった。端的に言えば、いわゆるSFのある系譜である「スチームパンク」の影響が強いのだ。


ゼロ年代を席巻したスチームパンク・ブーム  

スチームパンクとはSFのルーツであるジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズなどの19世紀後半の小説に影響を受けたSFのサブジャンルである。私はSFについては門外漢なので、より詳しく知りたい方は、文末のリンクのWebサイトや昨年発売された『SFマガジン』7月号のスチームパンク特集などを読んでみてほしい。  

だがその典型的なモチーフからスチームパンクをごく大雑把に説明すると、「Steam」の名前のとおり蒸気機関やゼンマイ、歯車といったレトロフューチャーな機械が登場したり、ヴィクトリア朝のファッション(ネオ・ヴィクトリアン)や世紀末イギリスの世界観を模倣したり、DIY志向が強い発明家が登場したりするようなSF作品のことを指す。  

SF小説ではウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの1990年の『ディファレンス・エンジン』がこのジャンルの金字塔となり、日本でも有名だ。だがその後、SF小説の世界ではスチームパンクというジャンルはいったん廃れていったという。  

しかしながら、スチームパンク的世界観はゼロ年代には小説以外の分野において一大ブームとなった。ビデオゲームの世界も同様で、『ミスト』(1993)、『バイオショック』(2007)といった傑作もスチームパンク的世界観を生み出している。Playismでローカライズされている『マシナリウム』(2009)のファンタジックなロボットのデザインもスチームパンクの雰囲気がよく表れている。  

他にも映画やファッションといったものにとどまらず、音楽やテクノロジーといった分野にもスチームパンクの流行は表れているという。日本でも話題になったクリス・アンダーソンの著書『メイカーズ』も、そのようなスチームパンク・ブームにおけるDIY志向を強く打ち出したものだ。そのため、2000年以降のスチームパンク・ブームは単なるSFを超えたものに広がっており、もはやグローバルなトレンドと言えよう。

日本ではイマイチふるわないスチームパンク  しかしながら、日本においては「スチームパンク」なる言葉は一部のSFファンや海外文化に関心がある人にしか浸透していないように思える。クリス・アンダーソンの本にしても、単なるビジネス本としての紹介がほとんであり、スチームパンク・ブームとして紹介されるのを目にしたことはほとんどない。  

だが一方で、ゼロ年代の日本のポップカルチャーにスチームパンクがなかったと言えば、そうではない。実際にはいくつかのアニメやゲームがこのジャンルに挑戦してきたが、残念なことに大衆的に受け入れられることも、ブームとしても定着しなかったと言えよう。  

例えば、大友克洋監督の『スチームボーイ』はその名から分かる通り、スチームパンクを強く意識した日本のアニメーション映画であった。作品の良し悪しはともかく、映画としての興行成績は残念ながら良いものではなかった。ゲーム化もされたがさほど評判も聞かない間に忘れ去れた感がある。  
また2000年代前半、グローバルなコンテンツとしてのアニメーションに果敢に挑戦したGONZOは『LAST EXILE』という素晴らしいスチームパンク的世界観のTVアニメを制作している(残念なことに、2012年に作られた続編は惨憺たる内容だった)。  

そもそも日本国内のアニメやゲームなどでは、萌え系、日常系、空気系とよばれるほのぼのとした世界観のオタク系コンテンツが主流であり、SFやファンタジー的な作品は予想以上に人気がない。前述した海外のスチームパンク・ブームの影響は日本では皆無といって等しく、アニメにしろゲームにしろスチームパンクという言葉が話題になることは非常に稀である。(個人的に2DSTGファンの私にとって、CAVEの制作した横シューティング『プロギアの嵐』(2001)はジュブナイル的要素とスチームパンクの世界観を見事に調和した作品だと思うが。)


ファイナルファンタジーが与えた影響  

以上のように日本のポップカルチャーは、国際的なゼロ年代のスチームパンク・ブームとほとんど接点を持たいないまま進んできたように見える。とはいえ、忘れてはいけないのは現在のスチームパンクの流行、特にビジュアルと世界観に大きく影響を与えたのが日本のゲームであったことを忘れてはいけないだろう。  

1997年にPS向けにリリースされた『ファイナルファンタジーⅦ』はシリーズ史上、最大のヒット作である。全世界で970万本という驚異的な売り上げを記録し、北米史上だけでも300万本売れている。ビデオゲーム史としては、コンソールビジネスを任天堂からSCEへと大転換したソフトして語られる事が多い。しかし、本作の重要性は単なるビジネスの領域にとどまらず、「現代的なファンタジー」という革新的な世界観を打ち立てたものとしても記憶されるべきである。  

古典的な剣と魔法の世界のファンタジーから出発したファイナルファンタジー・シリーズは『ファイナルファンタジーⅥ』のころから、「魔導」と呼ばれる魔法と科学の力をフィーチャーし始め、それは続編の『Ⅶ』にも大きく引き継がれた。『Ⅶ』では、さらに「魔晄エネルギー」という力を独占する「神羅カンパニー」という巨大企業と、それに反抗するレジスタンス集団「アバランチ」の間で物語が展開する。  

『Ⅵ』が持つ魔法と機械の世界は、SFCでは2Dのドット絵でしか表現できなかった。だが『Ⅶ』はPSの強み活かして、それらの世界観が3Dグラフィックで表現された。結果として、グローバルな市場においても驚異的な成功を勝ち得たのである。  

またこれまでのファンタジーベースのRPGが魔王や悪魔といった敵役を設定してきたのに対して、悪役が企業体であることは、当時としては斬新かつ画期的なものであったように思える。そして産業が発達したディストピアにおいて、政府や魔王といった敵ではなく、レジスタンスとして企業(!)と戦うという設定は、今から思えば、サイバーパンクから派生したスチームパンクのテイストをかなり忠実にすくい取っているように思える。(ただ個人的に思い入れが強いのは『Ⅵ』の方だ。一国の主でありながら、色男の発明家のエドガーはファイナルファンタジーの中で私の一番のお気に入りキャラクターであるが、これまたスチームパンク色が強いキャラクターだ。)


世界観によってグローバルなトレンドを作る  

昨年はWindows版の『ファイナルファンタジーⅦ』のダウンロード販売が行われ、英語圏では本作が何度も話題に上がった。そのような再評価の中には、本作をゼロ年代のスチームパンク・ブームのパイオニアとして位置付けるものもあっただろう。日本ではスチームパンクがいまいち流行らないため、そういった再評価は少ない。だが、グローバルなビデオゲーム市場に挑戦するために「スチームパンク」というジャンルが1つの鍵となると考えても良いだろう。  

日本ではカジュアル・ユーザーにも受け入れられているドラゴンクエスト・シリーズの知名度が高く、ファイナルファンタジー(特にそのナンバリング・タイトル)といえば、日本のコアゲーマー向けと思われている。だが、グローバルに見た場合、ファイナルファンタジー・シリーズが持つ人気は圧倒的に高く、しかもその人気の大部分が『Ⅶ』で打ち出したスチームパンク的世界観であったと思われる。もちろん、これは現在のスチームパンク・ブームから見なおした後付であり、言わば後出しジャンケンと言われればそのとおりだ。  

それでも当時としても本作が持っていた世界観のインパクト、さらに後世に及ぼした影響は重要だ。ゼロ年代の世界的ムーブメントに日本のゲームが果たした役割を見直すことは、今後のコンテンツ産業が海外進出を図る時の格好のケーススタディだ。逆に言えば、1997年の段階にはコンテンツ産業において日本と海外の間に蜜月があったわけで、海外市場を展望に入れているクリエイターやプロデューサーは、『ファイナルファンタジーⅦ』そこからゼロ年代の海外サブカルチャーを徹底的に見直す必要があるだろう。


リンク 

S―Fマガジン2012年7月号
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/721207.html

「スチームパンク・レヴォリューション」―スチームパンク特集2012
http://www.26to50.com/jp/steamPunk2012_index.html

会誌『Void Which Binds 復刊1号』
SFの同人誌。冒頭の「二一世紀スチームパンク概観」が参考になる。
http://ensemble-sf.info/2012/09/void-which-binds-1.html

2013年1月7日月曜日

ゲーム開発の民主化とその先にあるもの

謹賀新年。

昨年2012年はゲーム産業にとって激動の1年だっただろう。日本国内ではソーシャルゲーム業界が 台頭する一方、コンプガチャが社会問題化。また多くのコンシューマゲーム会社がスマートフォン・プラットフォームに乗り出した。  海外ではドキュメンタリー映画『Indie Game: The Movie』が公開されるなど、インディーゲームが大きな注目を浴びた。中でもMinecraftは累計1750万ダウンロードという偉業を達成し、こち らもドキュメンタリー映画『Minecraft: The Story of Mojang』が制作された。もはや海外のインディーゲームシーンはクリエイティビティの点でも、産業の規模としても、無視できないものになっている。

昨 年末、筆者も足を運んだ「黒川塾」第四回目では、エンターテイメント大賞を決定するというイベントが行われた。黒川塾はエンターテイメント産業を数々に遍 歴した黒川文雄氏がボランティアベースで行なっているイベントだが、そこでは著名な業界人が一堂に会して、2012年のエンターテインメント産業を振り返 ることになった。話題になった対象は、ガンホーの大ヒットスマートフォンゲーム『パズル&ドラゴンズ』、無料音声通話&メッセンジャーア プリのLINEなど、日本国内のものに偏った感がある。だが最後のフロアからの質問コーナーでは、UnityやOUYAといったグローバルな話題にも触れ られた。

改めて説明するまでもないが、Unityは北欧のUnity Technologiesが開発しているマルチプラットフォームのゲームエンジンだ。筆者はゲームレビュアーとしてAndroidのゲームを数多くプレイ しているが、混沌としたAndroidマーケットの中でUnityのロゴマークはある種のブランドとして機能していたと思う。少なくともUnityで作ら れたゲームは一定のクオリティが期待できるからだ。

日本ではソーシャルゲームのニュースの影で息を潜めていたが、昨 年のゲーム業界のカンファレンスでUnityの文字を見なかったことはほとんどなかった。そのくらい彼らは宣伝活動は熱心であり、スマートフォンを始め、 マルチプラットフォーム化するゲーム業界に今後も多大に影響を与えることは確かだ。

OUYAもまた説明不要かもしれない。今年の4月には発売される予定の「次世代」ゲームコンソールだ。OSにAndroidを採用し、ライセンス契約不要の無料の開発用SDK提供するというこの寛大なゲームマシンはその開発過程もまた特徴的だ。

昨 年の7月10日に米国のクラウドファンディングKickstarterにてプロジェクトを公開。860万ドルといい歴代第2位の資金獲得に成功し、プロ ジェクトがスタートした。スクウェア・エニックスやバンダイナムコゲームスといった日本の大手パブリッシャーも参入することを発表。その成功は未だ約束さ れたものではないが、コンソール機市場の未来が暗い中では一際明るいニュースであった。

「ゲーム開発の民主化」は、 このようなUnityやOUYAのトレンドを一言で表す便利な言葉だ。Unityは早い段階からこのキャッチフレーズを使用していた。OUYAもまた、そ のオープンなプラットフォームを強調するために「民主化」という言葉を使用する。日本では、そのビジネス的なメリットばかり強調されるF2P(基本プレイ 無料)というマネタイズ方法も、海外では主に海賊版対策であり、そして「ゲームの価格の民主化」としてみなされているから驚きだ。

こ のような民主化が、インディペンデントなデベロッパーに果たす役割は極めて大きい。旧来なら、開発環境を準備して、ファーストパーティとライセンスを結ぶ だけでも多額の資金が必要であったゲーム開発・流通が一気に容易になるからだ。日本国内でもUnityを含めたゲームエンジン提供会社はインディペンデン トなデベロッパーに焦点を合わせてきている。(ゲームエフェクト用のエンジンBISHAMON Personalを提供するマッチクロック社が、昨年のCEDECで同人ゲームを展示していたのには筆者も驚いた!)

も ちろんこのような「民主化!民主化!」という叫び声は、ある部分、バズワードであることは否めない。民主政と衆愚政が紙一重であるのと同様、ゲーム産業に おける民主化が必ずしも良いことは限らない。現にオープンなプラットフォームであるAndroidやWindowsといったOSでは、クズのようなアプリ ケーションから有害なプログラムには事欠かないのだ。

それでも、制作の簡便化と参入障壁の低下はコンテンツ産業にお ける必然だ。録音編集技術が広く普及した音楽は、いち早く「民主化」を達成した業界であり、今では世界中のありとあらゆる場所で音楽は制作され、インター ネットを通して流通している。BandcampやSoundCloudといった音楽のウェブサービスには、有名無名や品質の良し悪しを問わず果てしない数 の音源がアップロードされている。

このようなコンテンツの爆発的な増加は、望ましくもあれば、頭痛の種にもなる。人 生が有限である以上、聞ける音楽の数は限られる一方、大量のコンテンツから「当たりを引く」のは以前よりも難しくなっている。ゲーム業界もそう遠くない将 来、同様の現象にみまわれるだろう。そして消費するための時間が長大なゲームの場合、それは音楽以上に深刻な問題になるかもしれない。

ポ ピュラー文化が辿る歴史的変遷から考えれば、そのような「コンテンツの爆発」に引き続いて起こる現象としては、「批評の民主化」が挙げられるだろう。もち ろん、ビデオゲームには新作のレビューや批評といった実践は既に存在している。しかしながら、それらは主に(良くも悪くも)業界と関係が深い一部の商業メ ディアが実践してきたことであり、常に「広告」や「宣伝」といったメディアが果たすべき他の役割との間に軋轢を生み出してきた。さらに、パッケージ時代と は桁違いのコンテンツの数に既存の商業メディアが対応しきれるかどうかわからない。

英語圏ではこのような状況に対し て、2000年代には優れたゲーム批評を行なうブログメディアが出現してきた。例えば、Rock, Paper, Shotgunは4名の著名なゲーム・ジャーナリストが運営するブログであり、日本のPCゲーマーにとっても有名どころだ。メジャーなAAAタイトルから マニアックなインディーゲームまで扱うその姿勢は、既存の商業メディアではありえなかったものだろう。また女性のゲーム批評家かつプロデューサーの Tami “Cuppycake” Baribeauが手がけるThe Border Houseは、フェミニズムの観点からビデオゲームを論じるという日本にはないタイプのメディアだ。

これらのブログ メディアが既存のメディアとは異なった形でビデオゲームを切り取ることで、海外には新しいビデオゲームのシーンが生まれてきた。インディーゲームの躍進の 年となった2012年も、インディーゲーム・デベロッパーの奮闘だけによって作られたわけではない。文化の発展は常に制作者と受容者の対話によって後押し されるわけだ。

UnityやOUYAが示す「ゲーム開発の民主化」という未来は、日本のインディペンデントなデベ ロッパーたちにはもちろん歓迎されるものである。しかしながら、本当の意味において「ゲーム開発の民主化」するためには、単にオープンなゲームエンジンや プラットフォームが誕生するだけでは、まだまだ先は長い。個人やグループによって自由に制作されたゲームが、エンドユーザーにも認識され、プレイされ、 AAAタイトルのゲームと比較され、評価される。そういった一連の実践が成立してこそ、「ゲーム開発の民主化」が達成されるのではないだろうか?そして、 そのような「ゲーム開発の民主化」を後押しするものとして、「ゲーム批評の民主化」が果たすべき役割は多いと感じている。