2012年1月26日木曜日

ゲーム翻訳家よ、ネイティブ・ゲーマーであれ


数々のビデオゲームの翻訳に携わってきた者として、ゲーム翻訳家になるための心構えを一つ述べさせていただきたいと思います。  職業柄、私はよく海外のビデオゲームの日本語版をプレイすることがあります。そして、これも職業柄、そういったビデオゲームをプレイしていると、どうしても翻訳の精度に目がいってしまいます。人間の書く文章というのは面白いもので、ゲーム翻訳にどっぷり浸かった日々を、日本の首相が何代も入れ代わるくらい長い間()送っていると、翻訳された日本語テキストを読むだけで、そのテキストを翻訳した方の人物像がだんだんと見えてくるようになるのです。もちろん、美人かどうかとか、お酒が強いかとか、そういった問題じゃありません。具体的には以下のような事柄です。

(1) 翻訳の学習経験、実務経験があるかどうか (2) ソース言語の理解力が高いかどうか (3) 海外のゲームをたくさんプレイしているかどうか (4) 日本のゲームをたくさんプレイしているかどうか  ひと昔前のゲーム翻訳といえば、まるで機械翻訳で訳したかのようなヘンチクリンな日本語テキストが目立ったものです。しかしここ最近は、ちゃんと翻訳能力の高い人が訳しているんだなと感心させられるようなゲームも見受けられます。これは、ゲーム翻訳業界全体として、翻訳家の能力が底上げされてきたことの証だと思います。  しかし残念ながら、「翻訳らしい」日本語テキストにはなっているものの、「ゲームらしい」日本語テキストになっていないというケースは、今日でも珍しくありません。つまり、上記(4)の素養に欠けているゲーム翻訳家が今でも多いのではないか、ということです。  ビデオゲームの翻訳家を志す上では、ターゲット言語のネイティブ・スピーカーであると同時に、ターゲット国の「ネイティブ・ゲーマー」であることが大きな武器となります。つまり、英 ->日のゲーム翻訳の仕事をするとしたら、日本語のネイティブであることはもちろん、(できれば若いころから)日本のゲームに日常的に触れていて、ゲームで使われる日本語表現の傾向を肌でわかっていることが望ましいのです。  

一つ例を挙げましょう。ビデオゲームの中で使われるテキストを英語から日本語に翻訳するとき、例えばこんなことを考える必要があります——どのテキストを日本語に翻訳して、どのテキストを英語のまま残しておくべきか? ゲームをプレイしない人にはピンとこないかもしれません。が、日本のゲームを子どものころからたくさんプレイしてきた人、つまり「ネイティブ・ジャパニーズ・ゲーマー(勝手に作った造語です…)」に近い人であれば、私が何を言っているのかがすぐに理解できるはずです。そう、ビデオゲームのテキストの中には、日本語ではなく英語で表示させた方がしっくりくるものが多く存在するのです。  

これは音ゲー(音楽ゲーム)を例にとってみるとわかりやすいでしょう。『ダンスダンスレボリューション』や『ビートマニア』などの音ゲーでは、日本で作られたゲームであるにもかかわらず、実に多くの英語テキストを目にすることができます。例えば実際に曲をプレイしている最中、良いタイミングでボタンを押すことができると”Great!”、”Excellent!”、”Fantastic!”といった英語メッセージが表示されます。もしこれらのメッセージが「すごい!」、「優秀だ!」、「素晴らしい!」といった具合に日本語で表示されたらどうでしょうか。音ゲーファンにとっては完全に興ざめです。せっかくクールなグラフィックを前にノリノリでビートを刻んでいる中、かわいらしい平仮名や野暮ったい漢字なんかが出てきたら、確実に雰囲気ぶち壊しになってしまいます。音ゲーなどのエキゾチックなジャンルでは、日本で作られたものであっても英語のテキストが多く使われる傾向があります。ゲームの翻訳をする場合、各テキストを日本語に翻訳するか英語のまま残すか、あくまでゲーマーの目線で判断することが求められるのです。しかし、実際に海外ゲームの日本語版をプレイしていると、英語で表示する方が自然に見えるテキストでも丁寧に日本語化されているケースを見かけることがあります。  また、英語で表示するとしても、そのままの英語ではなく別の英語に置き換えた方がいいケースというのもあります。例えば「選ぶ」という意味の”choose”。英語のゲームでは割と頻繁に登場するこの単語ですが、日本のゲームでは”choose”よりも”select”の方がお目にかかる機会は多いはずです。そのため、”choose”を含むテキストを英語のまま残すとき、私はたいてい”select”に置き換えるようにしています。これは、英語のネイティブにとって”choose”の方が自然だとしても、です。また、カタカナ英語に翻訳する場合でも、「チューズ」ではなく「セレクト」とした方が日本人ゲーマーにとっては自然に見えるでしょう。このように、ゲームらしいテキストに翻訳するためには、翻訳家は日ごろから日本のゲームをプレイして、日本語のゲームテキストに対する感性を磨いておく必要があるのです。  

ゲーム翻訳のゴールは、原文の意味を正しく伝えることだけではありません。そのゲームがローカライズ版であることをプレイヤーに気づかせないくらい、ゲームとして自然なテキストに仕上げること。それこそがゲーム翻訳のゴールである、と私は考えています。プレイしたユーザーから「海外ゲームだと思わなかった!」と言ってもらえれば、ゲーム翻訳家としての冥利に尽きるというものです。  だから、英->日のゲーム翻訳家にとっての最良の参考書は、単語帳でも文法書でもなく日本のゲームだと思っています。「ゲームばかりしていたらダメよ!」と親御さんから、あるいは美人の嫁さんから言われても、「ゲームは勉強だ」と言い張ってやりましょう……ケンカにならない範