2011年11月18日金曜日

訳とは


先日、家の大掃除をした際、妻と二人でピアノを動かした。
しばらく触っていなかったので随分と埃がかぶってしまっていた。
僕は5歳から18歳の留学直前までピアノを学んでいたので、久しぶりにピアノの楽譜をパラパラッとめくった。

音符をたどると頭の中にメロディーが流れる。

さて、翻訳について多くの人がこれと同じ考えをしているのではないだろうか?
楽譜を見ればどの鍵盤を押せば良いのか分かるように単語を見たらどの訳語を当てはめれば良いのか分かると考えている。
そして、鍵盤を押さえる指の動きだけ見て、素晴らしいと褒め称えるように翻訳者を評価する。

「誤訳とは楽譜と違った鍵盤を押す」こと

「直訳とは楽譜通りの鍵盤を押す」こと

「意訳とは楽譜と違う鍵盤を押さないでくれ」ということ

音を並べるだけでは音楽として成り立たないように、単語も並べるだけでは言葉として成り立たない。並べるだけで十分ならば機械翻訳を使えば良い。しかし、文章は相手に意志や情報等を伝える手段である。つまり、翻訳された文章が読み手にとって何の意味も伝えなければそれは翻訳された文章ではないことになる。
翻訳者たちはこういったことを常に考え、原文とは違った単語や表現で度々翻訳文を作成する。
そして、翻訳について多少知ったようなことを言う人は決まって「ここの訳語が間違っているよ」と指摘する。

翻訳とは直訳ではなく誤訳(相手に意味を伝える為の)の上に形成されていることを知るべきだ。